平成30年1月14日(日)  目次へ  前回に戻る

HPの更新さえ三日も休むとは、肝冷斎一族はみんな雪だるまや木偶人形よりも役に立たぬやつばかりである。

腹減斎です。逃亡先でも受け入れられず、また現世に戻ってまいりました。会社には行かないことにしているのでいいのですが、現世は存在しているだけでツラいなあ。

本日はまた、ニンゲンの歴史に学ぼうと思います。

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漢の高祖が天下を定めて後、匈奴と結んで叛乱を企てた韓王信を代の地に攻めたところ、平城において却って匈奴に包囲されたことがございました(高祖七年(前200)か)。

七日不得食。

七日、食を得ず。

七日間、食糧ゼロの状態となった。

たいへん危険な状態に陥ったのです。この時、高祖は、

用陳平奇計、使単于閼氏、囲以得開。

陳平の奇計を用いて、単于(ぜんう)を閼氏(えんし)に使(し)せしめ、囲みを以て開くを得たり。

「単于」(ぜんう)は匈奴の王の称号。「閼氏」(えんし)は匈奴の王后の称号である。

陳平の奇妙な計略を用いることにした。これによって、匈奴の王はその后にコントロールされることになり、包囲を解かせることができたのである。

へー。どんな計略だったんでしょうか。

其計秘、世莫得聞。

その計、秘され、世に聞くを得る莫し。

その計略は秘密とされたので、世の中に知られることは無かった。

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と、司馬遷「史記」巻五十六「陳丞相世家」に書いてあるんです。

なんと、怪しからん。われら人民の知る権利を阻害するとは。

われらは秘密にされている、と言われることには異常に興味を持ちます。特に身分の高い方々のことは・・・。

ありがたいことに、人民がよろこびそうな情報を遺してくれているひとがいた。

うっしっし―――

漢祖在平城為冒頓所囲、其城一面即冒頓妻閼氏、兵強於三面。塁中絶食。

漢祖の平城に在りて冒頓(ぼくとつ)の囲むところと為るに、その城の一面はすなわち冒頓の妻・閼氏にして、兵は三面より強し。塁中絶食す。

「冒頓」はこの時の匈奴王の名。有名な冒頓単于(←一発変換)である。

漢の高祖が平城で冒頓単于に包囲されたとき、その包囲網のうち一面は、単于のお后さまが率いておられ、この部隊はほかの方面よりも強かった。そして、城壁の中は食糧が尽きてしまっていた。

このとき、陳平が城外に出していた忍びから、ある情報がもたらされた。

閼氏妬忌。

閼氏、妬忌なり。

(お后さまは、ことのほか嫉妬心が強いらしゅうございます。)

陳平はこの報を得るや、しばらく思い案じていたが、

「とりあえず試してみる価値はある」

と、

即造木偶人、運機関舞於陴間。

即ち木偶人を造り、機関を運らせて、陴間に舞わせしむ。

ただちに、木製の人形を作らせた。これをからくりの装置を使って、城壁の間で舞わせたのである。

人形は美しい男女をかたどらせ、まるで生きているニンゲンのようになまめかしい肌をしていた。これが美しく舞い、そしてエロチックな行為に及んだ。

「あれは・・・? むむむ・・・」

閼氏望見、謂是生人。

閼氏望み見て、謂う、これ生人ならん、と。

お后はこれを遠くから見た。頬を赤らめ、息を弾ませて見とれていた。やがて、吐息とともに言った。

「はあ・・・。あれはどういう人なの? 生きているのかしら・・・」

お后は、これが中原の都市にいる妓女というものだと考えた(そのように陳平の意を受けた者たちが言いふらしたのであろう)。そして、

慮下其城、冒頓必納妓女。

その城を下せば、冒頓の必ず妓女を納るるを慮れり。

この城を降せば、あの妓女を、夫の冒頓が必ず自分のものにするであろう、と思った。

「それは、困る!」

遂退軍。

遂に軍を退けたり。

閼氏は自分の率いる部隊を撤退させてしまい、包囲網が解けたのである。

―――ほんとですか?

―――ほんとですよ。司馬遷がこの策を秘密としたのは、

蓋鄙其策下爾。

蓋し、その策の下なるを鄙とするのみ。

こんな計略、下品すぎて国家の体面上よろしくない、と考えただけなのです。

当時も実際には有名な話だったんですよ。だから、今に伝わっているのです。

・・・なのだそうです。

唐・段安節「楽府雑説」より。ちょっと信じられない気もしますが、まだまだ当時の北方蛮族はニンゲンが素朴だったのかもしれません。

デク人形だって役に立つのである。おいらもよく「きみはでくのぼうだな」「ぶたの方がまだマシね」「ほんま使えんやっちゃで」と言われますが、使いようもあったのではなかろうか。

 

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