平成29年4月8日(土)  目次へ  前回に戻る

ありがたいぶた僧侶さまをはじめとして、いろいろとありがたい。土曜日はだいたいいつも感謝のキモチでいっぱいである。

今日は甜茶会でちゅー。お釈迦様のお生まれになった日だ(新暦だが)、花も盛り、気温も高く、シアワセになったような気分でいた・・・が、明日はもう日曜日。平日の足音が聞こえ始めてきたのである。

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お釈迦様が摩耶夫人の右の脇の下からにょろんと生まれましたとき、

一手指天、一手指地、周行七歩、目顧四方云、天上天下、唯我独尊。

一手天を指し、一手地を指して、周行すること七歩、目四方を顧みて云えり、「天上天下にただ我のに独り尊し」と。

一方の腕を挙げて天を指し、もう一方の腕を下げて地を指して、ぐるぐると七歩歩き、目で四方をぎろぎろと見まして、それからおっしゃった。

「この天上と天下では、わしよりエラいやつはどうもいないようじゃのう」

と。

これは、周の昭王の二十四年、甲寅歳の四月八日のことでありましたそうな。(周の昭王は紀元前11〜10世紀ごろのほとんど伝説の王さまです。ゲンダイではお釈迦様は紀元前5世紀ごろのひと、ということになっています。)

時は下って五代のころ、雲門文偃禅師が、こう言うた。

我当時若見、一棒打殺、与狗子吃、貴図天下太平。

我当時もし見ば、一棒に打殺して狗子とともに吃(くら)う、天下太平を貴図す。

「わしがもしその時に立ち会っておったら、おシャカのやつを(おまえらをいつも打っている)この棒で打ち殺して、ほんとにおシャカにしてやったろうに。さらにその亡骸を犬ころどもと一緒にがつがつ食ってしまって、世界の平和を保ったろうになあ。

がっはっは。仏法が無ければ、みんな欲望のままに自然に生きていられたろうからのう」

それから周りの僧侶らをぎろぎろと見まして、言った。

「おまえさんらはどう思うかな。さあ、言ってみよ、言ってみよ」

琅琊の覚禅師曰く、

「ほんとうに御立派なおキモチですなあ。

可謂将此深心奉塵刹、是則名為報仏恩。

この深心を将(もち)いて塵刹を奉ずれば、これすなわち名づけて仏恩に報ずと為さん。

そういう深いお心でもって塵の世のお寺を守ってふんぞり返っておられる和尚さまは、ほんとうに「みほとけのご恩に報いている」ということになりましょう。」

雲峰の悦禅師曰く、

「なるほど、大したものですわい。

雲門雖有定乱之謀、且無出身之路。

雲門に乱を定めんとの謀有りといえども、しばらく出身の路無からん。

雲門和尚には、おシャカが天下を混乱させるのをやめさせるための戦略がお有りなわけだ。じゃが、(お釈迦を殺してしまったら仏門も無くなって、)あんたはどうやってここまでになりますのじゃ?」

妙喜頌和尚は

「わしもおシャカが怪しからんと思いますな」

詩偈を作って曰く、

老漢才生便着忙、 老漢わずかに生じてすなわち忙わし、

周行七歩似顛狂。 周行七歩するは、顛狂に似たり。

賺他無院痴男女、 他(か)の無院の痴男女を賺さんとして、

開眼堂堂入鑊湯。 眼を開きて堂々と鑊湯(かくとう)に入る。

お釈迦のじじいめ、生まれてすぐからお忙しいことじゃ、

ぐるぐる七歩も回るとは、あたまがお○しいんじゃあるまいか。

要するにあの安住の地の無いばかものどもをだましすかすために

目を開いたまま堂々と、ぐらぐら煮え立つ鍋(現世のこと)の中に入ってきたわけじゃ。

さて、みなさんはどうかな。

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「聯灯会要」巻第一より。生まれたばかりのかわいいおシャカちゃんなのに、みんな冷たいなあ。

 

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