平成27年8月7日(金)  目次へ  前回に戻る

今日で夏は終わりですが、まだ昼間は暑い。夜もかなり暑い。

今週はニンゲンとして心身ともにバテた。しかも明日は炎天下に出かけねばならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほな、暑さも吹っ飛ぶ寒いうた、一曲歌いますわ。

隴頭流水、 隴頭の流水、

流離山下。 山下を流離す。

念吾一身、 念うに吾が一身、

飄然曠野。 飄然として曠野にあり。

 隴山のほとりを流れ行く水、

 山のふもとを流離(さま)ようように流れて行く。

思うに、このわしの身を

風にふかれるように荒れ野をさまようているわけだ。

ちなみに「隴山」というのは長安西北の辺境に近い地方にある山です。

朝発欣城、 あしたに欣城を発して、

暮宿隴頭。 暮れに隴頭に宿る。

寒不能語、 寒くして語るあたわず、

舌巻入喉。 舌は巻かれて喉に入る。

 朝、欣城のまちを出て、

 夕暮れに隴山のふもとに宿泊する。

 あまりに寒いのでコトバも発することができない。

 舌は巻かれてのどの奥に引っ込んだままになる。

隴頭流水、 隴頭の流水、

鳴声幽咽。 鳴声、幽咽す。

遥望秦川、 遥かに秦川を望めば、

心肝断絶。 心肝断絶す。

 隴山のほとりを流れ行く水、

 流れの音はかすかにむせび泣くようだ。

 遠く東のかた、長安の平原を望めば、

 (なお遥かな旅路を思うて、おいらの)心臓と肝臓は引き千切られるようだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

ゲンダイ人が造ったのかと思うような俗っぽい?旅情のうたですが、実は1500年前、六世紀ごろの無名氏の「隴頭歌辞」(宋・郭茂倩「楽府詩集」巻二十五所収)という歌の詞です。「無名氏」(よみびと知らず)というのは決して一人とは限りませんから、誰かが作った一曲目にいろんなひとが二曲目・三曲目と替え歌を重ねて作られたのだと思います。うたは通俗であればあるほど長い期間、広い範囲においてひとの心を打つ、ということの証左のような歌辞ではございますまいか。

真夏に冬の歌で少しは涼しくなっていただけましたでしょうか。隴山のあたりは内陸部なのですごく寒いらしいのでございます。

 

表紙へ 次へ