平成22年2月12日(金)  目次へ  前回に戻る

南宋のころのことです。

胡氏の家では家堂を広げようとして、中庭の朴の木が邪魔になり伐り倒すことにした。

一族総出で作業が始まり、斧を入れたところ、

がつん

と鈍い音がして、

剖其中、得陶甕。

その中を剖くに、陶甕を得たり。

幹の真ん中あたりから、陶器のカメが出てきたのであった。

「なんだなんだ」

一族の者みな集って観察してみるに、

可受三斗米、而皮節宛然。

三斗米を受くべく、皮節は宛然たり。

三斗の米を容れることができる大きさで、表面には木の皮や節の痕がはっきりと残っていた。

一斗は6.6リットル。

この木を伐ったのは、まずかったみたいである。この木は胡家の先祖が、何かを霊的に鎮めていた木だったようなのだ。

即日山魈見。

即日、山魈(さんしょう)見(あらわ)る。

その日のうちに、山の精霊といわれるおかしなものが姿を見せはじめた。

一族の者が何人か、裏庭で見かけたと言うのである。

小さな精霊で、普段は姿を見せず、物を盗んだり、置物を逆向きにしたり、食べ物に泥を入れたり、いろんな悪さをする。

胡家のひとびとはたまらなくなり、

有行者善誦竜樹呪、召使治之。

行者の善く竜樹の呪を誦する有り、召してこれを治めしむ。

悪いモノを鎮める竜樹菩薩の呪文を得意とする修道者を呼んで、精霊を鎮めることにした。

近くの道観(道教のお寺)にお願いしてしばらくすると、本山から派遣されたと言って、

「胡家はこちらですかな」

と、まだ若い、頼り無さそうな修道者が、童子をひとり従えてやってきました。

紹介状によれば、たいへんな能力を持つ修道者だということだ。

修道者は早速、低く呪文を唱えながら、

命童子観焉。

童子に命じて観せしむ。

助手の童子に命じて、精霊たちの動向を観察させた。

「あい。でちゅ」

童子は見鬼の能力を持つのであろう、庭の一点を見据えて、

「あ、いまちた! いまちたよー」

と声を上げた。

見人物皆長数寸。

人物のみな長数寸なるを見る。

「あいつら、だいたい数寸(15センチぐらい)の背丈でちゅね」

「どこに行くかよく見ておいてくださいよ」

そう言って修道者はやおら高らかに呪文を唱え始めた。

「あ、呪文が文字の形になって山の精霊のところに飛んで行きまちゅ」

為竜樹呪所逐、入婦人榻上、遂凭以語。

竜樹呪の逐うところとなり、婦人の榻上に入り、遂に凭(よ)りて以て語る。

「やつらは、竜樹菩薩の呪文に追われて、奥の女性部屋のベッドの上に逃げて行き、そこで凭(もた)れて何か囁きあっていまちゅ」

「む、しまった!」

修道者は読呪を止めた。

「竜樹菩薩の呪文はケガレたところでは力を発揮できないのです」

なんと。女の部屋はケガれているので、竜樹菩薩の呪文が効かない、というのだ。

「いやあ、これは困った。うーん、しようがないなあ・・・」

修道者は女部屋のベッドの回りに結界の縄を張った上で、胡氏の長老と相談し、ベッドの前に壇を設けた。

「精霊は結界の中に閉じ込めましたから、悪さはしません。その部屋はもう女のひとは使わないようにしてください。そして、壇の上にこのお札を置いて毎日お香を上げてください」

それから修道者は毎月胡家にやってきて、壇の周りを見回り、

「まだだなあ・・・」

と呟いては帰って行ったが、何度目かに来たとき、

「ああ、やっときれいになりましたね」

と言い、結界の縄を外すと、また童子に見守らせながら、竜樹呪を唱えた。

―――あ、呪文が今度は部屋に入って行きまちゅ!

―――あ、結界の中の精霊たちを呪文が殴りまちた!

―――ぼかん、ぼかんと殴っていまちゅ。

―――精霊たちが山の中に逃げていきまちゅ、呪文の勝ちでちゅ!

そこで修道者は誦呪を止めた。

「よし、これで終了です」

けだし、

擾擾半年乃定。

擾擾として半年、すなわち定まれり。

部屋がケガれていたので、呪文が効果を持つように清めるのに、半年の間大騒ぎしていたのである。

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山中の精霊そのものより、女のケガれの方がたいへんだったのですなあ、むかしは。

我が愛する稀代のストーリーテラー、宋・洪容斎先生「夷堅乙志」巻第二より。何で木の中から甕が出てくるんでしょうね。こちらは類話?

明日出勤になったので悲しいです。休日も仕事の服を着ると服が足りなくなってくるのですし。

 

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