平成22年2月11日(木)  目次へ  前回に戻る

むかしは、すごい術を使うひとがいたものである。

正徳年間(1506〜1521)の初めごろ、ある旅人が北京に向かっていた。

この旅人は、ひとりの老人の舟に乗せてもらって大運河を北上していたのだが、いつも大切そうに小さな箱を携えており、食事中も眠るときもその側を離れず、たまに上陸したときには必ずその箱を抱えて用を果たすのである。

老人はそのことを知ってか知らずか、その箱の中身を訊ねることもない。そういうことには興味が無いふうである。

旅人と老人は、はじめからの知合いであったのか、あるいは道中の日を重ねるうちにそうなったのか、たいそう仲が良く、舟の上でよく談笑しあっていた。

ある日のこと、旅人は、大運河に盗賊団が近づいているという噂を耳にした。

「な、なんと・・・」

旅人がたいへん恐れていると、老人は、

「心配は要りませんぞ」

とにこやかなものである。

「し、しかし、この荷物を見つかったら・・・」

旅人はかたわらの箱に目をやった。

「大丈夫、大丈夫、じゃ。ふひょひょ」

老人はまたにこやかに笑った。

「ただし」

と老人は言う。

「わしが「黙れ」と言うてから、「話せ」と言うまで口を開いてはならんぞ」

夕刻、老人はとある川べりに舟を泊めた。食事を済ませたころには、もう満天に星が輝きはじめている。

老人は、

「さて、と・・・」

とやおら

出小嚢以匕挑其中物于舟首尾。

小嚢を出だし、匕を以てその中の物を船の首尾に挑せり。

小さな袋と取り出してきて、その中のモノを幾粒か匙(さじ)で取り出し、舟の船首と船尾に振り掛けた。

そして、

可高枕矣。

枕を高くすべきなり。

「これで、安心して眠れますぞ。ひっひっひっひ」

と請け負ったのだった。

未明、旅人は舟の中での浅い眠りから覚めた。岸の上に、複数の馬の駒音が聞こえるのである。

―――賊か。

旅人は身を固くした。すると老人はうっすらと目を開け、旅人に向かって、

「口を開いてはなりませんぞ」

と一言ささやいた。

駒音は舟のかたわらに止まり、

昨有龍衣船当泊此。今何之。

昨、龍衣船のここに当りて泊するあり。今いずくにか之(ゆ)く。

「ゆうべ、龍衣船はここに停泊していたが、今はどこかに行ってしまったようだぞ」

と話し合う声が聞こえたが、どういうわけか舟が見えないようで、

「それほど遠くには行っておるまい」

と、馬上のひとたちはお互い声をかけあいながら、ひづめの音をさせて遠ざかって行った。

夜が明けると、老人は、

徐起収其物入嚢。

おもむろに起ちてその物を収め嚢に入る。

ゆっくりと起きると、船首と船尾に振りかけてあったモノを拾い集めて袋に入れた。

粒を数えて数が合ったようで、

「では行きますかな。・・・あ、もちろん、もう口を利いてもようござるぞ」

と笑い、掛け声さわやかに、朝の光の中を船出したのであった。

作者おもえらく、これはおそらく「土遁」という術だろう。

あるいはこの旅人は皇帝の命を受けて江南の王族の動向を調べに出て戻る暗行御使であり、老人はただの舟人にあらず、皇帝に飼われた御用道術士であったとも言う。「龍衣船」とは、皇帝の用を果たす船のことであるからである。だが、当時の実態から見て、もし旅人が皇帝の御用を果たしていたのだとするなら莫大な宮廷費の調達のため地方の鉱税を収奪に行っていた宦官であり、盗賊というのは宦官に奪われた人民の富を取り返そうとした義賊であったのではないか、と考える方が理に適うている。

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と、「白酔瑣言」という明代の本に書いてある、と清・姚之駰「元明事類鈔」巻十八に書いてありました。

何が正義か何が悪かわからぬのがこの世の常というものか。なんにせよMTさん、お仕事がんばってくらさいね。

 

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