令和2年7月8日(水)  目次へ  前回に戻る

てるてるのやつがサボって寝ているからか、今日も昨日も明日も雨である。水害えらいことになっています。

雨が降るせいか、やる気ない。シゴトはもちろん、勉強もしたくないですよね。勉強なんかしなくていいんだ。

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清の時代のことです。江蘇・無錫の磚橋村に王雨来というひとがいた。早くに親を失って、

少貧、未読書、而持身恭倹孝友性成。

少(わか)くして貧しく、いまだ書を読まず、しかれども身を持するに恭倹にして孝友性と成れり。

年若いころから貧乏であったので、教育も受けておらず、読書人ではなかった。しかし、その身を律するに恭しくつつましやかで、年長者を立て、友人には情誼篤い性格であった。

伝統的チャイナにおいて「書を読まない」というのは、現代日本のひとがいう「本を読まない」とか「活字離れ」とかではなく、「儒学の、すなわち科挙試験を受けるための、教育を受けていない」という意味です。彼らにとってはあらゆる教養は科挙試験のためであり、というか、科挙試験に関係ないことは教養ではない、という考え方なんです。

彼には、

有弟四人倶幼、雨来能開拓田園、給与諸弟。

弟四人有りてともに幼く、雨来よく田園を開拓して諸弟に給与せり。

四人弟がいたが、まだみな幼く、雨来は田畑を開墾して、弟たちに分け与えてやった。

あるとき、

雨来以事入官。

雨来、事を以て官に入る。

雨来は、事件に巻き込まれて役所に捕らえられた。

読書人階級でもないので陥れられたのでしょう。

どういう事件であったかわかりませんが、県令は、取調報告を受けて、「その男は読書もしていないようでは道徳心も低いであろうから、そいつが悪いのであろう」と判断し、雨来は

応受杖。

まさに杖を受けんとす。

杖で殴られる刑罰を受けることになった。

すると、役所に小さなコドモが四人やってきて、

号泣願代。

号泣して代わらんことを願う。

大声をあげて泣きながら、代わりになりたいと請願した。

県令はいぶかしく思って訊ねた。

爾何人也。

爾、なにひとそや。

「おまえたちは何者じゃ?」

コドモたちは言った、

身受胞兄覆育之恩、故願代也。

身、胞兄の覆育の恩を受く、故に代わらんことを願うなり。

「おいらたちは、お兄ちゃんに羽を広げて守られながら育ててもらった恩があるんでちゅ。だから、代わりに殴られたいとお願いすることにしたんでっちゅ」

「なんと!」

令乃嘆曰、爾等手足之情如此。其為人可知矣。命免杖。

令、すなわち嘆じて曰く、「爾ら手足の情かくの如し。その人となりや知るべきなり」と。命じて杖を免ぜしむ。

県令はそれを聞いて、ため息をついて言った。

「おまえたちの手足のような兄弟を思う気持ちはよくわかった。そうやって弟に接してきたあいつの人となりがどんなものかも、ようくわかった」

そして、即座に杖罰を免除するように命令したのであった。

この事件は、県令の「その人となりや知るべきなり!」というコトバとともに、

一時嘖嘖人口。

一時、人の口に嘖嘖(さくさく)たり。

しばらくの間、あちこちでウワサになって、みな口にしたものである。

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「履園叢話」五「郷賢」より。学問なんかしなくても立派なひとはいるので、勉強なんかしなくてもいいんです。立派なひとであれば、ですが。

パソコンもやる気無いみたいで、また調子悪くてなかなかアップできません。もうダメだー。

 

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