令和元年5月6日(月)  目次へ  前回に戻る

肝冷斎が発見されたら「肝冷斎先生お帰りなさい」とか偽善的なことを書こうと思ったのだが、今日までまだ発見されていないので空白のままである。

今日、夕暮れ方に町を歩いていたら、乞食姿の行脚僧の一団があった。「汚いなあ」と避けようとしたら、そのうちの一人に見覚えがある。

そうだ、確かにうらぶれているとはいえ、令和改元以来姿を消してしまった肝冷斎によく似ているのだ。

そこでその乞食僧に

「これ、おまえさんは肝冷斎ではないのか」

と声をかけてみると、その僧は一瞬驚いたような眼をしてわたしを睨んだ後、すぐに、

「せ、拙僧は、そ、そんなものではござりませぬぞ」

と大慌てで否定した。

「いや、よく似ているぞ。その何やら自信なさそうな足取りなど肝冷斎自身か、そうでなければ近い同族ではないか・・・」

「い、いや、そんなものではないと申すに。そうじゃ、わしが肝冷斎族ではない証拠に、前向きの話をして進ぜよう。肝冷斎族であれば前向きの話はしないはず」

「確かにそうだが・・・」

「まあ聞きなされ」

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清の文達公・裘修は江西のひと、乾隆五年(1740)の進士、もちろん文官であるが、若いころ哈密総督の幕僚であったときに、叛乱で後方との連絡が絶たれ、最前線で戦闘指揮に当たる羽目に陥ったのだが、その際の臨機応変な対応は賞賛されたという。何をやらせても有能で果断と評価されて乾隆帝の覚えめでたく、中年以降は黄河の治水で名をあげ、工部尚書に進み、将来の宰相の声も高かったが在職中に卒した。死後、太子太傅の官を贈られている。

その裘修さんは、

凡人一善一長、揄揚不置。

およそ人に一善一長あれば、揄揚して置かず。

どんな人であっても、一つでも善いところ、得意なことがあれば、そのことを持ち上げ、ほめそやして止まなかった。

「揄」(ゆ)は「引きずり出す」が原意ですが、そこから「ほめそやす」と「からかう」の二つの意味を持ちます。後者の意味だと「揶揄」という熟語になる場合が多いです。ここでは前者の「ほめそやす」の意。

なにしろ、

雖素不識面、隔数十年猶称道不忘。

もと面を識らず、数十年を隔つといえども、なお称道して忘れざるなり。

もともと顔を合わせたことの無い人や、数十年前の善事であっても、賞めそやして忘れることが無かった。

というほどであった。

あるとき、後輩たちが集まって、

聞人背後謗議。

人の背後に謗議するを聞く。

あるひとのいないところで、そのひとを謗っているのを聞いた。

すると、彼は後輩をひとりひとり呼び出し、

面折之曰、爾勝他的好処何在。

これを面折して曰く、「爾、他に勝るの好処、何ぞ在りや」と。

面と向かって訊いた。

「ところで、おまえさんがあいつより優っているところを教えてくれんかね」

と。

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学者としても有名な愚山先生・施閏章が親しいひとにこんなことを言ったことがあるそうだ。

我輩既知学道、自無大戻名教。

我が輩既に学道を知れば、おのずと名教に大いに戻(もと)ること無からん。

「わしらは学問をずいぶんして、道義もわかっているわけだから、このままで儒学の教えから大きく外れてしまうようなことない、と思うよ」

「そうですよね」

と相槌を打ちますと、先生はにこやかに頷き、それから付け加えられた。

但終日不見己過、便絶聖人之路、終日喜言人過、便傷天地之和。

ただ、終日己の過ちを見ざれば、すなわち聖人の路を絶し、終日人の過ちを言うを喜べば、すなわち天地の和を傷めん。

「ただ、ある一日でも、誰かに「あなたは間違っている」と指摘してもらえなかったとしたら、孔子のような聖人に至る道は閉ざされてしまった、と思わねばならん。また、ある日一日でも、誰か他の人の欠点や失敗をあげつらうのを楽しんだら、(自分がダメになるのはもちろん)天と地の平和を傷つけて(世界中に被害を及ぼして)しまっているのだ、と思わねばならんぞ」

と。

人に過ちを指摘してもらえるということはありがたいことなんです。そして、ひとの蔭口は楽しんではいけないのです。あまりにも楽しいでしょうけど・・・。

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二件とも清・趙畛慎「楡巣雑識」より。

「・・・こんなタメになる前向きのお話をするなんて、肝冷斎のはずがないではありませんかのう」

「うーん、確かに」

しかしそれにしては似すぎている。

「もしかして、十連休で休んでいるうちに、肝冷斎のストレス障害が軽癒して、前向きな話ができようになったのかもしれないのでは・・・」

と考えているうちに、しまった! くだんのコジキ僧はまた姿をくらましてしまっていたのであった。(肝冷斎らしき僧がこの間、何をしていたのかについては、明日以降だんだんと調べていきたいと思います。)

 

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