平成30年11月25日(日)  目次へ  前回に戻る

カッパのハナミズは頭を冷やすのにも使えるそうである。

寒いところに行きました。そして、心配されていたとおり肝冷斎は・・・。

本日は代行で頭冷斎がやります。三十数年前に「頭を冷やして来い!」と言われ、その後ずっと冷やし続けている者です。なお、明日からの職場への出勤についてはわたしは担当しませんので、無断欠勤かデクの出勤になります。

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清の時代のことでございます。

江蘇・常郡の町の門外に南河沿というところがありまして、河に向かって家屋が並んでいるのですが、その裏手は

荒冢累累、僅微径可通往来。

荒冢累累として、わずかに微径の往来を通ずべきのみ。

荒れ果てた墓が並び、その間にはわずかに細い小道が一本通じているだけ、というありさまでした。

このあたりに、某という館師(私立の塾の先生)が小さな学習塾を開いていて、

生徒五六人、皆弱冠少年。

生徒五六人、みな弱冠の少年なり。

塾生は五六人いたが、みな二十歳前の少年たちであった。

塾といっても寺子屋ではなく、科挙試験を受ける資格を得るために地方の学校に通う生員という資格を得るための学習塾なので、塾生たちは大人一歩手前ぐらい、今でいえば専門学校か大学の一二年ぐらいの年頃でした。

一日師回家、諸弟子醵銭沽飲。

一日、師回家し、諸弟子銭を醵して飲を沽う。

ある日、先生が所用のある家に行ってしまったので、自習を命じられた塾生たちは、誰から言うともなく、おカネを出し合ってお酒を買ってきて、酒盛りを始めてしまいました。

夜もだいぶん更けて、

月色甚朗、乗興遊矚、望乱墳縦横、如起漚泡、一人曰、此中多僵屍、蓋往擒之。

月色甚だ朗らかなれば、興に乗じて遊矚し、乱墳の縦横として漚泡を起こすが如くなるを望みて、一人曰く、「この中に僵屍多からん、なんぞ往きてこれを擒らえざる」と。

月の光がたいへん明るく、おもしろくたまらんので、塾生たちは表に出てあちこち眺めた。月光の下、墓がばらばらと、まるでアワがぶくぶくと吹いているように並んでいるのを

見て、一人が言った。

「ここにはたくさんゾンビ化した死体(僵屍=キョンシー)がいるだろうな。墓場に行ってそいつらを捕らえてみようじゃないか」

「よっしゃ」「そうやそうや」「わははは」

鬨而前、見一墳後有穴、大可径尺、探之、得棺蓋旁立、中空無骸。

鬨(さわ)ぎて前(すす)むに、一墳の後に穴の大いさ径尺ばかりなるの有るを見てこれを探るに、棺の蓋かたわらに立ち、中空にして骸無きを得たり。

ワイワイ言いながら進んでいくと、とある墓の後ろ側に一尺ばかりの幅の穴が開いているのを見つけた。

「これなんか死体が脱け出しているかも知れんぞ」

と中を覗いてみると、たしかに棺のふたが開いて横に立てられており、棺の中は空っぽで死体が入ってないようである。

此必屍已他適。

これ、必ず屍のすでに他に適けるならん。

「これはどう考えても、死体が脱け出してどこかに行っているんやぞ」

「わははは」「そうやそうや」

と騒ぎながら、

推有力者数人将蓋出、絡之樹間、而各縁別樹杪以伺。

有力者数人を推して蓋を将きて出だし、これを樹間に絡め、而しておのおの別樹の杪に縁りて以て伺う。

力のあるやつ数人を選んでそいつらに棺の蓋を引っ張り出させ、それを木の間に放り上げておいて、自分たちはばらばらに別の木の枝に登って様子を見ていた。

「わははは」「わははは」

と笑っていましたが、だんだん酒が醒め、みんな飽きはじめてきたとき――――

「あ・・・」

みな驚いて声を呑んだ。

一毛人自西来、入穴。

一毛人、西より来たりて穴に入れり。

毛むくじゃらのヒトらしきものが、西の方から帰ってきて、さきほどの穴に入って行ったのだ。

そして、

即出、張皇四顧。至樹下、踴躍欲上。高不得登。

即ち出で、張皇して四顧す。樹下に至りて踴躍して上らんとするも、高くして登り得ず。

すぐに出てきた。あるべきものが無いのだ。大慌てであちらこちらを見回し、やがて樹に引っかかった蓋を見つけ、その下で何度も飛び上がって登ろうとしたが、枝が高いところにあって登ることができない。

塾生たちは無言のまま見つめていた。

そいつは、

撼樹長嘯。其声哀惨、毛髪皆豎。

樹を撼(ゆるが)して長嘯す。その声哀惨にして、毛髪みな豎(た)つ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・・・」

その木を揺らし、たいへん長く叫んだ。その声は悲しく恐ろしく、塾生たちは体中の毛が逆立った。

どれほどの時間が流れたのであろうか。

やがて、

天明始倒地。

天明始めて地に倒る。

夜明けの光が射しこんだとき、そいつは「お・・お・・・お・・・・・」と最後の叫びをあげながら、崩れ落ちるように地面に倒れていった。

それでも塾生たちは、

猶不敢下。

なおあえて下らず。

木の上から降りることができなかった。

――――さてさて。

だいぶん日が昇ってきたころ、

師入塾、生徒皆不見、尋至樹上得之。

師、塾に入り、生徒みな見えず、尋ねて樹上に至りてこれを得たり。

先生はまず塾に入ったんですが、塾生たちは一人もいない。

「留守番も出来ないのか。どこに行ったのだろう」

と探して、ようやく木の上に茫然としたままのを見つけた。

「何をやっておるのだ!」

「あ、先生!」

塾生たちははじめて安堵して、樹から降りてきた。

「実はその、あの死体が・・・」

「死体?」

確かに墓の外に一体の、腐敗した屍が転がっていた。

「まさかお前たち、墓暴きの真似をしていたのではないだろうな」

「い、いや、その、あの死体は僵屍で外にいたんです」「西の方から戻って来て・・・」「おれたちは木の上でじっとしていたんです」「その声がすごくて」「あわわ」

「そんなことがあるか! 頭を冷やしてやるぞ」

各加夏楚。

おのおの夏楚を加う。

ひとりひとり、きついムチでぶん殴った。

それから、

焚其屍。

その屍を焚けり。

その死体は、火葬にしてやった。

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「翼駉稗編」巻七より。コワかったなー。しかし最後は頭を冷やして、僵屍(キョンシー)は棺の蓋が無いと滅亡してしまうことを学ぶことができました。おそらく日光が当たるとダメだから、ですね。みなさん参考にしてください。

それにしても若いっていいなあ。わしにもこのようなころがあったのだがなあ・・・。

この果てに肝冷斎は消えていったのだ・・・。

 

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