平成29年12月11日(月)  目次へ  前回に戻る

一定以下の温度になると機能が低下して会社に行けなくなる体質である。

明日はすごく寒いらしい。休みたいものである。

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宋代のことでございますが、四川に杜某という処士(仕えていないひと)がいた。

好書画、所宝以百数、有戴嵩牛一軸、尤所愛、錦嚢玉軸、常以自随。

書画を好み、宝とするところ百数を以てするも、戴嵩の牛一軸有りて尤も愛するところ、錦嚢玉軸にして常に以て自随す。

書画を集めるのが大好きで、宝物として貴ぶものが何百点もあったが、中でも宋初の画家・戴嵩の描いた牛の絵が一番のお気に入りで、玉製の軸に巻いて錦の袋に入れ、いつも持ち歩いていた。

さて、

一日曝書画。

一日、書画を曝せり。

ある天気のいい日、所蔵の書画を虫干ししていた。

そこへ

有一牧童。

一牧童有り。

牛飼いの童子が一人、通りかかった。

この童子、

見之、拊掌大笑。

これを見て、掌を拊ちて大笑す。

大事なウシの絵を見て、何を思ったか、てのひらと打ち、大笑いしやがったのだ。

「うっしっしっしっしっし」

「何が可笑しいんじゃな?」

此画闘牛耶。牛闘力在角、尾搐入両股間。今乃掉尾而闘、謬也。

これ、闘牛を画けるや。牛闘わば力は角に在りて、尾は両股の間に搐入す。今、すなわち掉尾して闘うは、謬(あやま)てるなり。

「これは闘牛を描いてるんでちゅよねー。ウシは闘うときは、力が角に集中するんでちゅよ。すると、しっぽは股の間にすっぽりとおさまるものなのでちゅが、この画では尾を振り上げて闘っているとは、大間違いもいいところでちゅよー」

そして、「そういうことも知らないひとがいるとはなあ、うっしっし、うっしっし」とバカにしたように笑うのであった。

ああ、

古語有云、耕当問奴、織当問婢。不可改也。

古語に云う有り、耕すにはまさに奴に問うべく、織るにはまさに婢に問うべし、と。改むべからざるなり。

むかしから言われるとおり、「耕作のことは農奴に聞け、織物のことは下女に聞け」である。永遠の真理というべきであろう。

「そうなのか。なるほどなあ・・・」

童子の話を聞いて、

処士笑而然之。

処士、笑いてこれを然りとす。

杜処士は笑って「そのとおりだなあ」と相槌を打ったという。

その対応と、それでもその絵をそれ以前と変わらず大切にしたということと、相まって処士の高雅な人柄を今に伝えるものではなかろうか。

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宋・蘇東坡「書戴嵩画牛」戴嵩の牛を画くに書す)(「東坡題跋」巻五所収)。ひとの大切なものにケチをつけるとは、怪しからん。わしならこんなこと言われたら傷ついて会社休むであろう。・・・と思ったが、このひとは処士だから会社勤め自体していない人だったのだ。

 

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