平成28年6月26日(日)  目次へ  前回に戻る

さびしいときには思い出すのさ、あの歌を。

この週末、結局海など見に行きませんでした。代わりにこちらの泥の中へ。

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さてさて、北宋の時代のことです。

詞人として名の通っていた李之問が長安での任期を終えて、職務の報告に洛陽に戻ってまいりました。

ここで李之問は、聶勝瓊(じょう・しょうけい)という妓女と知り合い、ねんごろな仲となった。勝瓊は美しい歌妓であるだけでなく作詞もする、シンガー・ソングライターとして名高かった。

しかし、李之問は郷里に女房子供を置いてきている身である。帰郷する彼のための送別の宴席が、洛陽の蓮華楼で行われた。

この席上、勝瓊は王維の「陽関」の詩を何度もうたい、別離の情、纏綿と尽きなかったのだそうでございます。

とはいえ既に定めた期日がある。李之問は郷里に向かって出発しました。すると、十日ほど後、旅宿にあった李之問のもとに勝瓊からの手紙が届いた。そこに記されてあったのは?

勝瓊からの送別の詞でありました。

鷓鴣天・寄李之問(鷓鴣(しゃこ。鳥の名である)の飛ぶ空のうた―――李之問さまに)

玉惨花愁出鳳城。 玉は惨たり、花は愁い、鳳城を出づ。

蓮華楼下柳青青。 蓮華楼下に柳青々。

尊前一唱陽関曲、 尊前に一唱したり陽関の曲、

別个人人第五程。 个(こ)の人人に別して第五程ならん。

 玉はみじめに砕け、花は愁いを含んでいましたね。あなたが鳳の町・洛陽を出て行ったあの日。

 蓮華楼の下の柳は、唐のころ王維が別れの詩を詠んだときのように青々としていました。

 あのときわたしは、さかずきを前にして、一心に陽関の詩をうたいましたが、

 別れ別れになって、今はもう、あなたの旅もおしまいに近いころかしら。

念のため、王維の「陽関」の詩を掲げておきます。

渭城の朝雨は軽塵をうるおし、

客舎に青青として柳色新たなり。

君に勧む更に尽くせ一杯の酒、

西のかた陽関を出づれば故人無からん。

―――さて、その後のわたしの日々を書きます。

尋好夢、夢難成。 好夢を尋ぬるも夢成り難し。

況誰知我此時情。 いわんや誰か知らん、我この時の情。

枕前涙共階前雨、 枕前の涙、階前の雨とともに、

隔个窗児滴到明。 この窗児を隔てて、滴ること明に到る。

 あなたと会う素敵な夢をみたいと思う。けれど、そんな夢をみたときは必ず途中で目を覚ます。

 誰にわかってもらえるでしょう、あたしのその時のみじめな思いを。

 枕の上であたしの流す涙と、部屋の外のきざはしに降っている雨と―――

 窓一つを隔てて、二つの滴りが、夜明けまで続く。

外は冬の雨、まだ止まず、わたしの涙もとどまらぬ。ああ。我が胸のうち、いかんともすることができない―――。

これは巧いね。ゲンダイ歌謡の中に入れても遜色ない。テレサ・テンに歌わせてみたらどうなるか・・・。

受け取った李之問も「ああ」と感嘆し、旅の行李の中に鄭重にしまいこんだ。

そうして、ときどき見開いて感動を新たにしていたのですが、やがて郷里に着きました。郷里に帰って、親戚や知り合いに挨拶し、あるいは古女房と愛を確かめたりしているうちに・・・

豈に図らんや!

行李の中の勝瓊の手紙が、女房に見つかってしまったのだ!

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「青泥蓮華記」より。

さて、このあと李之問はどうなってしまうでしょうか。タヒんでしまうような目に遭わされたに決まっている? 回答は明日に致しましょう。わたしが明日の職場からタヒんでしまわずに帰ってこれたら、のことですが・・・。(なぜテレサ・テンにこだわっているかも明らかになるであろう)

 

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