平成26年6月22日(日)  目次へ  前回に戻る

←享楽主義者ブタ人間

ああ、土日は楽しいなあ・・・と享楽しているうちにもう明日は月曜日。またツケヒゲをつけてひとをも自らをも欺きながら生きなければならないのか。

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生きていくのはいろいろ難しいのです。

戦国の時代、斉の国が三つの国から同時に攻められたことがあった。(これは魏の昭王十二年(前284)に魏・秦・趙が斉の平陸を攻囲したときのことだ、と考証されています。)

このとき、斉の宰相・牛子のところに大夫の括子というひとがまいりまして、言うに、

「三つの国が攻めてまいっておりますが、それぞれの国は我が斉と地を接しているわけではございません。これをはかるに、三国は何らかの実利を求めているのではなく、我が国に謝罪させたい、という名を求めているものと思われまする。そこでやつがれといたしましては、

請以斉侯往。

請う、斉侯を以て往かしめんことを。

どうか君主たる斉侯さま自らが出向いて、三国の代表とお会いくだされば、と思います。

そうすれば、彼らとしては名分が立ちますので、攻囲を解くでありましょう」

「なるほど」

牛子は頷いて、その策を採用した。

その後で、同じく大夫の無害子というひとがやってきました。

牛子、無害子に自分と括子の立てた策を告げますと、無害子、顏を赤らめて(興奮して)曰く、

異乎臣之所聞。

臣の聞くところと異なれり。

「その策は、わたくしめの学んできたこととは違っておりますぞ」

と。

無害子がいうには、

臣聞裂壌土以安社稷者、聞殺身破家以存其国者。不聞出其君以為封疆者。

臣、壌土を裂きて以て社稷を安んずる者を聞き、身を殺し家を破って以てその国を存する者を聞く。その君を出だして以て封疆のためにする者を聞かず。

「わたくしの学んだことは、領土を割譲してでも国家そのものを守った例があること、また、自らの身を殺し、あるいは一族が全滅してでもその祖国を守った者がいるということであります。君主を危険な場所にお出まし願って領土を守ろうとした臣下の例など、聞いたこともございません」

「はあ・・・」

現実に三つの国が平陸の城を取り囲んでいる中で、「平陸の地を割譲しても主君に汚れ仕事をさせるべきではない」というきれいごとを言われても困ります。

牛子不聴無害子之言、而用括子之計。

牛子、無害子の言を聴かず、而して括子の計を用う。

牛子は無害子のことばを採用せず、括子の策を用いた。

結果、

三国之兵罷、而平陸之地存。

三国の兵罷(や)め、平陸の地は存せり。

三国の軍は引き上げ、平陸の地は斉の領土のままとなったのである。

めでたいことです。

しかし、

自此之後、括子日以疏、無害子日以進。

これよりの後、括子は日に以て疏とされ、無害子は日に以て進む。

そのとき以降、括子の方はどんどん君主から疎んじられ、無害子の方はどんどん重用されるようになった。

国家存亡の時には括子のような智慧が必要ですが、それを乗り越えてしまえば

心調於君、有義行也。

心、君に調(かな)うは、義行有るなり。

君主にとって心にかなうのは、忠義のふるまいだからである。

すなわち

或説聴計当而身疏、或言不用計不行而益親。

あるいは説聴かれ計当たりて身は疏とされ、あるいは言用いられず計行われずしてますます親しまる。

説いたことが採用され、計略がみごとに当たったのに、疎んじられる場合がある。説いたことは採用されず計略は実行されもしないのに、ますます愛されることもある。

ということなのであります。

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「淮南子」巻十八「人間訓」より。

そうか、上司にどんな説明をしても「きみが何を言っているのかわからん」と言われ、あるいは案を作っても「こんなのダメよ、ダメ、ダメ!ほんとにダメなひとね」と叱られているみなさん、それでも愛される、かも知れないのです。ああよかった。ですね。

 

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