平成26年6月16日(月)  目次へ  前回に戻る

 

だいぶん真夏になってきましたね。

真夏になってくると特にわたくしどもおっさん(おいらは肝稗道人で年よりなんでっちゅよ!)はべたべたしてまいります。今日は、おっさんが、女のひとにべたべたしたい、という内容。

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・・・女のひとのいろっぽくてなよなよしたのを見るとドキドキしますなあ。

玉の飾りを帯び、蘭のようなよい香りをさせて、ねっとりとした優しい振舞い、遠い空を見上げる風情。

人生百年、苦しみが多くて歓びは少ないと、嘆きながら正座して、細くて白い指うねうねと美しい琴の音を奏で。大きな睛で流し目し、微笑んだようだけど気のせいかも。

一曲、半ばまで弾いたところで、もう日影は軒の西に落ち始め、悲しげな音が林に響いて、その向こうの山から白い雲が湧きはじめる。空を見上げてはため息をつき、うつむいては琴を奏で。妖精のようにしなだれる体の線のなまめかしさ、一つ一つの動きがどれも心をひき付ける。

あなたの側に近づいて、膝を触れ合せながら話してみたいが、あなたの息がかかるような距離で呼吸をしてみたいが、しきたりというものがあるから、近づけない。鳳凰に頼んでことづてしてもらおうと思うが、そんなことなら誰かがもうしているだろう。ああ、それならあなたはもう誰かのものなのか。そうでないなら、他のひとの思いも受け付けないあなたは、とうていわたしなどには振り向いてはくれまいし。

思いは乱れ、タマシイは一時のうちに九回、ぐるぐるぐると混乱する。

ああー――。(ここから以下、「十願」(十の願い)といわれ、べたべたしたい〜、という男性の願望をうたったものとして古来有名。)

願在衣而為領、承華首之余芳。

願わくば衣に在りては領と為り、華首の余芳を承けんことを。

願いがかなうなら、あなたの衣(トップス)の襟になって、美しい髪のにおいを嗅がせていただきたいものじゃ。

ひっひっひ。胸元に、のう。

しかし悲しいことに、衣の襟は宵に外されてしまい夜中のあなたの寝息が聴けないのだ。

願在裳而為帯、束窈窕之繊身。

願わくば裳に在りては帯と為り、窈窕の繊身を束ねんことを。

願いがかなうなら、あなたの裳(ボトムス)の帯になって、細くたおやかな腰をきゅきゅっと締めたいものじゃ。

ひっひっひ。腰を、のう。きゅきゅ、とのう。

しかし悲しいことに、季節の替わるごとにお気に入りの帯も取り換えられて、あなたに見向きもされなくなるのだ。

願在髪而為澤、刷玄鬢於頽肩。

願わくば髪に在りては澤(たく)と為り、玄鬢を頽肩に刷(かいつく)ろわんことを。

願いがかなうなら、あなたの髪に油となって塗られ、なで肩の上に黒い髪をさらさらと流してあげたいものじゃ。

ひっひっひ。髪は特に興味が湧く部分ですね。うひうひ。

しかし悲しいことに、あなたはしばしば髪を洗うから、米のとぎ汁(←シャンプーに使われた)に流されてしまうのだ。

願在眉而為黛、随瞻視以閑揚。

願わくば眉に在りては黛と為り、瞻視に随いて以て閑(のど)やかに揚がらんことを。

願いがかなうなら、あなたの眉にまゆずみとなって塗られ、あなたの視線のおもむくままにゆっくりと揚がったり下がったりしたいものじゃ。

ひっひっひ。まゆずみにのう。溶け込んでのう。

しかし悲しいことに、あなたはあまり厚化粧を好まないので、すぐにまゆずみは落とされてしまうのだ。

願在莞而為席、安弱体於三秋。

願わくば莞に在りては席と為り、弱体を三秋に安んぜんことを。

願いがかなうなら、ガマの葉になってざぶとんに編まれ、あなたの弱弱しい体を秋の三か月の間支えてあげたいものじゃ。

ひっひっひー! 江戸川乱歩先生の名作「人間椅子」よりもさらにヘンタイ的、美女の尻の下に敷かれる「人間座布団」じゃ。サイコーですー!

しかし悲しいことに、冬になればあなたはガマのざぶとんを棄てて、虎の毛皮の敷物を使うであろう。

くそー、トラの毛皮が妬ましいー。

願在糸而為履、附素足以周旋。

願わくば糸に在りては履と為り、素足に附して以て周旋せんことを。

願いがかなうなら、糸になってあなたの履物に編まれ、あなたのはだしにひっついて、あちらこちらと動き回りたい。

出ました! 「くつ」です。ああ、あなたのくつになりたい。靴下でもいい。ムレムレになりたいー! これぞヘンタイの王道であろう。

しかし悲しいことに、あなたが休むときにはベッドの中まで入れずにその外に脱ぎ揃えられてしまうのだ。

願在昼而為影、常依形而西東。

願わくば昼に在りては影と為り、常に形に依りて西東せんことを。

願いがかなうなら、昼間はあなたの影になって、いつもいつもあなたの顫える体に従って、むこうへこちらへと歩き回りたい。

ひっひっひ。昼間も足もとからあなたを見続けて、離れませんぞ。

しかし悲しいことに、あなたが木蔭で休むとき、わたしは消えうせていなければならないのだ。

願在夜而為燭、照玉容於両楹。

願わくば夜に在りては燭と為り、玉容を両楹に照らさんことを。

願いがかなうなら、夜にはろうそくになって、あなたの玉のようなすがたを柱と柱の間に照らしだしたい。

ひっひっひ、ひっひっひー! これはまいった。猟奇小説ファン待望の「人間燈台」です。わしも初めて南条範雄先生の文章で「人間燈台」読んだときは興奮したなー。

しかし悲しいことに、あなたは恥じらいのためか、闇に閨の身を隠すためにわたしは吹き消されるのだ。

願在竹而為扇、含凄颷於柔握。

願わくば竹に在りては扇と為り、凄颷(せいひょう)を柔握に含まんことを。

願いがかなうなら、竹になって団扇に作ってもらい、涼しい風を吹かせるために、あなたのやわらかな手に握られたい。

ひっひっひー、これもまいった。「家畜人」として「器」にされるだけでなく、汗ばむあなたの手に握られたい、なんて・・・。

しかし悲しいことに、朝に白露の落ちる季節(秋のこと)になると、あなたの息も届かない遠くにわたしは追いやられるのだ。

願在木而為桐、作膝上之鳴琴。

願わくば木に在りては桐と為り、膝上の鳴琴に作られんことを。

願いがかなうなら、木の中では桐の木になって、あなたの膝の上で書き撫でられる「鳴らし琴」に作られたい。

ひっひっひ。やっぱり「家畜人」です。もう何でもいいからあなたに使われたい、人格なんか要らないのだ!

しかし悲しいことに、あなたは音楽を掻き鳴らすうちに、思い窮まって、悲しさのあまりにおいらを押しやって涙しはじめるのだ。

・・・・・あとはどうしたって願いが遂げられることがないのでどうすればいいのだ、思いの遂げられない状態のまま醜く歳老いていくのだ、とマゾヒスティックに自己規制することが綴られて、終わる。

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晋〜宋・陶淵明「閑情賦」(恋のおもいのうた)。「陶靖節集」の中に「帰去来兮辞」「桃花源記」「飲酒」などと並んでこの詩が出てきます。陶淵明のおっさん、帰りなむ、いざ。田園に。と帰って、こんなことばっかり想像してニヤニヤしとったんか、とニヤニヤしてしまいますね。六朝のひとはまだ「典型」に縛られないひとたちで、いろんな自分を自由に求め、表現している感じです。

ちなみにおいら肝冷童子はノーマルなので、上のようなヘンタイな気持ちで女性に接しようという欲望はございませんので、念のため。だっておいら、コドモでちゅし。・・・あ、いけね、今は肝稗道人に化けてるんだった、つけひげ、つけひげ、と・・・・。あー、おっほん、ヘンタイは怪しからんのう。

 

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