平成26年4月10日(木)  目次へ  前回に戻る

 

ひとの過ちを探すのはオモシロいことである。以下の記述の中から過ちを探してみてください。

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○関白、倭之官号、如中国兵部尚書之類。

関白なるものは倭の官号にして、中国の兵部尚書の類の如し。

「関白」というのは、倭国の官職名で、チュウゴクでいえば軍部大臣のたぐいである。

ところで、

○平秀吉者、始以販魚。

平秀吉なるものは始め以て魚を販(う)る。

平秀吉(へいしゅうきち)という者は、もともと魚の行商人であった。

あるとき、

○酔臥樹下。別酋信長為関白、出山畋猟、遇吉衝突。

酔いて樹下に臥す。別酋の信長関白たり、山を出でて畋猟するに、吉に遇いて衝突す。

酔って樹木の下に寝転がっていたことがあった。このとき、別の種族の酋長であった信長(しんちょう)という者が関白であったが、この信長が根拠地の山から出てきて狩猟をしているときに、吉(きち)に偶然ぶつかったのである。

信長は大いに怒り、これを殺そうとした。

しかし、吉は口弁の才があったので、

○自詭曾遇異人、得免、収令養馬。名曰木下人。

自ら詭(いつわ)りてかつて異人に遇えりとし、免るるを得、収めて馬を養わしむ。名づけて「木下人」と曰えり。

自分はかつて不思議な人に会ったことがあ(り、いろんな術を知ってい)るなどと述べ立てて許しを得た。信長は吉を許しただけでなく、その部下にして、馬を飼う役目を仰せつけた。樹木の下で寝ていたので、「木の下にいた人」と呼ばれたのである。

○吉又善登高樹、称曰猴精。

吉また高樹に登るを善くし、称して「猴精」と曰う。

また、吉は高い木に登るのが得意であったので、「サルの精」とも呼ばれた。

信長はだんだんと吉を重用するようになり、吉は信長のために二十余州を奪ったのである。

ところが、

○後信長為呵奇支所殺。吉討平之、遂居其位。

後、信長、「呵奇支」(かきし)の殺すところと為る。吉これを討平し、遂にその位に居る。

後に信長は「かきし」なる者に殺された。吉はこの「かきし」を討伐して平らげ、とうとう関白の位に昇ったのである。

「かきし」は「あけち」なんでしょうね。

○丙戌年擅政、尽併六十六州。其主山城君、懦弱無意。

丙戌年、政を擅(ほしいま)まにし、六十六州をことごとく併す。その主・山城君、懦弱にして無意なり。

ひのえ・いぬの年(萬暦十四年(1586))に独裁権を握り、六十六の島をすべて併合した。主君である山城君という者があったが、これは力弱く意志薄弱でいないのも同じであった。

○壬辰破高麗、改天正二十年為文禄元年、自号大閤王。以所養子孫七郎為関白。

壬辰、高麗を破り、天正二十年を改めて文禄元年と為し、自ら「大閤王」と号す。養うところの子・孫七郎を以て関白と為す。

みずのえ・たつの年(萬暦二十年(1592))に高麗を撃破し、(倭の年号である)天正二十年を改めて文禄元年とし、自ら「大閤王」(だいこうおう)と号した。そして、養子の孫七郎(そんしちろう)なる者を関白に就けたのだ。

日本はもと六十八の島から成っており、それぞれに酋長がいて争っていたのだが、吉がはじめてこれを統一したのである。

時過ぎ星移り、

○及老且病、子秀頼尚幼、托於婦父家康、代摂其位。

老いかつ病むに及んで、子秀頼はなお幼く、婦父・家康に托してその位を代摂せしむ。

吉も老齢になり、かつ病いの床に就いたが、このとき子の秀頼(しゅうらい)はまだ幼かったので、頼の妻の父に当たる家康(かこう)という者に委託して、関白の位を代理せしめた。

○吉死。家康止以和泉河内二島帰頼。

吉死す。家康、ただ和泉・河内二島を以て頼に帰す。

いよいよ吉が死ぬと、家康は和泉(わせん)島と河内(かない)島の二つの島だけを頼の領地にした。

○頼既成立、索其位於家康、不与。忿還其女、致争闘。

頼すでに成立し、その位を家康に索(もと)むるも、与えず。忿(いか)りてその女を還し、争闘を致す。

やがて頼が成人し、関白の位を返すよう家康に求めた。家康は与えなかったので、頼は怒り、そのムスメを離別して返し、争いはじめたのであった。

しかし

○頼兵敗、走入和泉、焚城而死。又有言逃入薩摩者。其位遂帰於家康、伝其子為武蔵将軍。

頼の兵敗れ、走りて和泉に入り、城を焚きて死せり。また、逃げて薩摩なる者に入ると言うも有り。その位はついに家康に帰し、その子に伝えて武蔵将軍と為す。

頼の軍は敗れて、頼は和泉島に逃げ込み、自ら城に火をつけて死んだという。あるいは、そこからさらに薩摩島というところに逃げたのだ、ともいう。いずれにせよ関白の位は家康に帰し、家康はその子に伝えた。これが武蔵将軍(ぶぞうしょうぐん)である。

云々。

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明・朱国禎「湧幢小品」巻三十より。

よく勉強しているようでなんか違う、靴の上から掻いている感じ。イエヤス政権はヒデヨリ氏からの外戚による簒奪だったのか。構造的にはそのとおりだが・・・。

なお、本日しごと爆弾ついにハレツ。これからどうなるのかな? タヒぬのかな?

 

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