平成25年9月6日(金)  目次へ  前回に戻る

 

なんとか荷造り終わる。

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北宋の仁宗の時代に宰相となった文靖公・呂夷簡には、公綽、公弼、公著、公孺という四人のまだ幼い子がおった。

ある日、この四人が家の庭で遊んでいるとき、

夫人使小鬟持四宝器、貯茶而往。

夫人、小鬟をして四宝器を持して、茶を貯えて往かしむ。

おくさま(四人の母である)が、まだ幼い侍女に四つのすばらしい碗に茶を淹れて、四人のところに持って行かせた。

この侍女が中庭に入る門のところで何かに躓いて倒れ、

砕之。

これを砕く。

四つの碗を地面に落として砕いてしまったのだった。

それを見て―――

公綽はすぐに、侍女に大丈夫か、と問いかけた。

公弼はこのままでは誰かがケガをするのではないかと言って、四つの宝器のかけらを拾い集めた。

公孺は母親のところに走って、事が起こったことを知らせに来た。

独公著凝然不動。

独り、公著のみ凝然として動かず。

ただ、公著だけはじっとしたままで何もしなかった。

この様子を見て文靖公は夫人に向かって、

「四人の子はともにいずれ劣らず国家の用に資するであろうが、世が乱れたときに役に立つのは公著だろうな」

と告げたそうである。これはもともと四人の子の適性を見るため、文靖公と夫人が侍女に言い含めてわざと倒れさせたのだともいう。

呂公著は長じて契丹との間に使臣として往来し、あるいは女真の動向を牽制し、「平章軍国事」(宰相兼最高司令官)となったひとである。

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宋・孫升「孫公談圃」より。

荷造り過程では多くの形あるものを毀してしまいました。が、よくぞ乗り切った感じ。自分を誉めてやりたいことであるよ。

 

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