平成25年2月2日(土)  目次へ  前回に戻る

 

疲れまちた。早く寝たい。

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さて、昨日の猛将・裴旻(はいびん)さまのことでございますよ。

まだ若かった裴旻が一分隊を率いて南方の山中を行軍したときのことという。

「あ、あれはなんぢゃ!?」

先頭の兵士が叫んだ。

その指さす方を見るに、

有山蜘蛛垂糸如疋布。

山蜘蛛の糸、疋布の如きを垂らすあり。

深山に棲むという巨大な「山蜘蛛」が、まるで幅2メートル近い布のような、蜘蛛の巣を垂らしているのが目に入った。

と、思いきや、

BOOOOOOOOOOON・・・・・・・

と低い震動音を発しながら、その巨大な蜘蛛は空中を飛ぶような速さで、裴旻たちの方に近づいてくるのである。

「うわあ」「おたすけー」

と兵士らは逃げ出そうとしたが、その速度、とても逃げおおせるものではない―――!

将及旻、旻引弓射殺之。

まさに旻に及ばんとするに、旻、弓を引きてこれを射殺せり。

大グモが旻の頭上に近づいたとき、旻は弓を引き、ひょう、と矢を放つと過たず巨大グモを射ぬいた。

強弓に貫かれてくるくると空中から落ちてきたクモを見るに、

大如車輪。

大いさ車輪の如し。

(足の長さ抜きで)車輪ほどの大きさがあった。

これぐらいの大きさのクモは南方の山中にはいくらでもいるものだという。

クモは死んでおり、すでに動かなくなっていた。

因断其糸数尺収之。

因りてその糸数尺を断じてこれを収む。

そこで、その尻から垂れていた太い糸を数尺切り取り、大切にしまいこんだのである。

のち、各地の戦いにおいて

部下有金瘡者、剪方寸貼之、血立止。

部下に金瘡者有れば、方寸に剪りてこれを貼れば、血たちどころに止む。

部下に刀創を負うた者があれば、裴旻はこの山蜘蛛の糸を一寸四方ほど切り取って傷口に貼り付けてやった。すると、たちまちのうちに出血は止まったのである。

・・・・・・・・・・・・以上、宋・銭易「南部新書」庚巻より。

裴旻はその後累進し、昨日記しましたとおり「龍華軍使」という官に至って北平(今のペキンあたり)の守備についていた。

北平というのは虎の多い地域である。

旻は一には武技の衰えを来たさぬように、一には人民たちの危難を防止するために、トラ退治を行うことにした。

善射一日得虎三十一、休山下。

善射して一日に虎三十一を得、山下に休む。

相変わらずその弓射の技は冴え、わずかに一日の間に31頭を射殺して、とある山の麓に休息をとっていた。

とーーー

有老父、曰此彪也。稍北有真虎。

老父有りて曰く、「此れ彪(ひょう)なり。やや北に真虎有り」と。

どこからか老人一人通りかかり、31頭のトラの死骸を見て言う、

「ひっひっひ、ようも殺しなさったのう。しかし、これはトラではなく、ヒョウじゃよ。もう少し北に行くと本当のトラがおりますぞ」

と。

そして、さらに、口の端を少しく歪めて笑いながら告げた。

「あ、いや、しかし、そちらに行ってはなりませんぞ。

使将軍過之且敗。

将軍をしてこれを過ぎせしむれば、まさに敗れん。

将軍さま(武官への敬称である)がそのあたりを通ったりしたら、必ず本当のトラにはかなわないことがわかってしまいますからのう。

ひっひっひっひっひー」

旻はその言葉を聞き、

「そんなことがあるものか」

とじじいを怒鳴りつけると休息を終え、さらに周辺域の狩猟を続けた。

しばらく後、

有虎出叢薄中。

虎の叢薄中より出づるあり。

一頭のトラがすすきの叢から出てきたのである。

普通のトラよりずいぶん小さい。

「なんだ、このトラは?」

といぶかしみながらも弓に矢をつがえて射殺さんとした、まさにその時―――

そいつは

猛據地大吼。

地を猛據して大吼す。

地面を激しく蹴りつけると、大きく吼えたのだ。

WHOOOOOOOOOOOOOOOM・・・・・・・・・・・・

すると、

旻馬辟易、弓矢皆墜。

旻の馬辟易し、弓矢みな墜つ。

旻の乗っていた馬は、その鳴声を恐れて立ち止まってしまい、また、旻自身も弓と矢を取り落してしまったのである。

「辟易」(へきえき)はいにしえは「狂疾」(パニック障害)のことも言うたらしいが、「史記正義」によれば、「(驚いて相手を)避けて(自分の場所を)易(か)える」ことであり、いずれにせよ驚き畏れて前に進めなくなることをいう。

その小さいトラは、茫然と立ちすくむ馬と裴旻を睨みつけると、また薄の原に消えて行った。

旻は思うところあり、

自是不復射。

これより、また射せず。

それからは二度と射猟に出ることはなかった。

・・・・・・・・・・・・・以上。「新唐書」巻202「李白伝」より。なお、「虎」より「彪」の方が強い、という伝説もあります。←平成20年ごろ紹介したとおり。

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昨日は剣舞の名人でしたが、弓の名人でもあったもようです。それでも「もっと恐ろしいもの」がいるのがこの世の中の仕組みでございます。戒しむべし、戒しむべし。

それにしてもむかしはコワいものがたくさんいたのでちゅねー。沖縄もジョロウグモやネコがでかい。また声のでかいやつの声もでかい。(これは本土と同じだが) 

 

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