平成24年7月7日(土)  目次へ  前回に戻る

 

今日は眠かったが、朝からあちこち彷徨ってきた。そういえば今日は七夕ですか。夏至が6月20日ごろに来る太陽暦を使っていながら7月7日を「七夕」と称する以上、雨の七夕になって「あいにくの・・・」と言い合うのは当たり前ですよね。

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「七夕」なので、男と女の物語を、一席。

六朝の一である「宋」(「劉宋」)の時代、浙江・呉郡の銭唐に褚伯玉、字・元璩というひとがあった。

始平太守の褚含を祖先に持ち、父の逿も征虜参軍という貴族の家に生まれたが、若いときから「隠操」(隠逸しようという望み)が強かった。

寡嗜欲。

欲を嗜むこと寡(すく)なし。

世俗の欲望を望むことがあまりなかった。

―――めんどくさいのですが。隠逸したいのですが。

「隠逸だと? いつまでも夢のようなことを言っているわけにもいかんぞ」

と、

年十八、父為之婚。

年十八、父、これが為に婚す。

十八歳になったとき、父は彼のためにヨメをとることにした。

―――イヤなのですが。人間はコワいし・・・。

と言っても誰も聞いてくれません。

―――イヤなのですが・・・イヤなのですが・・・イヤなのですが・・・

家柄もよく、貞淑の誉れも高い同郡の良家の娘をもらうことになったが、その婚礼当日のこと、

婦入前門、伯玉従後門出。

婦、前門に入るに、伯玉、後門より出づ。

新婦がしずしずと家の表門から入ってきたとき、伯玉はたまらず裏門から逃げ出してしまったのである。

新婦が案内された部屋には出迎えるべき新郎はおらず、あわれ二人は織姫と彦星のように一年一回の逢瀬さえならず、そのまま一生涯出会うことがなかったのでございます。

褚伯玉の方は、

遂往剡、居瀑布山。

遂に剡(せん)に往き、瀑布山に居る。

そのまま町の西の方、剡山に登って、山中の瀧のほとりに住みついてしまった。

新婦の方は実家に帰りまして、別の家に仕合せに嫁いでいきましたのじゃ。

めでたし、めでたし。

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さて、褚伯玉ですが、この振舞いについに実家からは縁を切られた。

しかし、彼は寒暑にかかわらずいつも同じ着物を着、木の根などを食ってもまったく苦にならず、

在山三十年余年、隔絶人物。

山にあること三十余年、人物と隔絶す。

以来三十年以上もその山中にあって、ほかの人間とは隔たって暮らしていた。

やがて、名臣・王僧達が呉郡太守となって赴任してきました。

褚伯玉はこのひととだけは付き合うことができたようで、数度、僧達の官邸まで歩を運んで歓談した。

これを聞きつけて、都人・丘珍孫が僧達に手紙を送り、自分も一度、名高い隠者・褚伯玉に会いたいものだとしたためてきたのだが、王僧達、これに答えて曰く、

褚先生従白雲遊、旧矣。

褚先生、白雲に従いて遊ぶや、旧なり。

褚先生が白雲のあとに従ってさまようのは、もうずいぶん昔からのことである。

いにしえより隠逸者と称してはいても、子どもやムスメのことを気にするものもいたし、立派な家に住んで来訪者も多い者もいた。だが、

此子索然唯朋松石、介於孤峰絶嶺者積数十載。

この子、索然としてただ松石を朋とし、孤峰絶嶺に介すること数十載を積す。

この先生はたった一人、松や石を友にして、山中に人を避けて数十年になるのである。

あなたが会いたいと思っても、会うことは至難であろう・・・。

と。

・・・さらに数十年。

宋が倒れ、斉(「南斉」)が建つと、斉の太祖皇帝は呉郡と会稽郡の二郡の太守に命じて、厚い礼を以て褚伯玉を招いたが、病いと称して応じなかった。

帝はいたしかたなく、勅命によって剡山の中に太平館という建物を作り、伯玉をそこに住まわせた。すると、伯玉は館の隅の二階建ての建物に昇って、そのままそこから降りて来なくなった。そして、その年(建元元年(479))のうちに亡くなった。年八十六。

彼の晩年暮らしていた建物の下に礼を以て葬った。

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南斉書・高逸伝(巻54)より。

後に盛唐の詩人・孫逖(そんてき)は、浙江・雲門山に登り、西隣に瀑布山を望んで、一篇の五言律詩「宿雲門寺閣(雲門寺の閣に宿る)」(「唐詩選」所収)を賦したのである。

その末聯に曰く、

更疑天路近、  更に疑うらくは天路に近く、

夢与白雲遊。  夢に白雲と遊びしか、と。

 よくよく考えるに、わたしは天上へ続く道の入口である「雲門寺」に泊まった際に、

 夢の中で褚伯玉とともに、白雲に従ってふらふらしていたような気がするのである。

そうですよ、わたしも隠逸者の一人として、その側にいたような気がしてきますぞ。

そういえば、岡本全勝さん。HPの更新もせず、隠逸してしまったのかと思ってましたが、復活したみたいです。見に行ってみて。→岡本全勝さんのHP 

 

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