平成23年6月21日(火)  目次へ  前回に戻る

 

唐の時代。

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唐宋八大家の一人にも挙げられる柳宗元(字・子厚、773〜819)は、同じ八大家の一人である韓愈(字・退之、768〜824)とは政治的・文学的な立場を同じうする親友であった。

韓愈から河東の任地に赴いていた柳宗元のところに、最近作ったという詩が届けられてくると、宗元は

先以薔薇露灌手、薫玉蕤香後発読。

まず薔薇露を以て手を灌(そそ)ぎ、玉蕤香(ぎょくずい)を薫じて後、発読す。

まず、バラ水で手を洗い、それから玉蕤香を薫じて周囲の空気を清めてから、開いて読んだ。

「薔薇露」は西域、あるいは回回のもたらす香水で、バラの花を煮て、その蒸気を再び水に戻したものという。「玉蕤」は「柔らかく垂れ下がった玉」をいい、「玉蕤香はこれを磨り潰して香草と和したお香であろう(違ったらすいません)。

そして、

大雅之文、正当如是。

大雅の文は、まさにかくの如くすべし。

「大雅」のように崇高な文章じゃ。このようにして読むのが当たり前であろう。

とまわりの者に言うのであった。

「大雅」は五経の一である「詩経」の中の一巻で、最も道義的に重要で格調も高いといわれる篇の名前。もちろん、韓愈の詩文をそれと同様の崇高なもの、と称賛しているのである。

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と、唐・馮贄「雲仙雑記」に書いてあるのである。

柳宗元も韓愈も確かに文章や詩は上手。いわゆる「古文」派というグループに属しているので、言いたいことははっきりしているし、唐代以前のチュウゴクの文化はそのまま我々ニホン文化にも流れ込んで(ゲンダイのシナ文化がそれから影響を受けている以上に)我が日本文化の源流の一となっておりますから、その価値観もよくわかる。しかし、バラ水で手を清めたり、ただの香でなく貴重な玉蕤香を焚くというのは、貴族趣味に走り過ぎているキライもございます。

とはいえ、仲間内で褒め合うのも微笑ましいことでございますね。

今日は職場の仲間同士でビールを飲んで、お互い褒め合い、傷を舐めあってまいりました。途中わしが傀儡人形の方であるとばれそうになって危うかった。

ところで、明の小窗先生・呉従先によりますと、

―――唐の時代、柳宗元は韓退之の詩を披くに、薔薇水で手を清めた。いにしえの人が才能ある人の文章を愛し敬うこと、このようであったのだ。

ところが、

今多俟以覆瓿。何古今人之不相及。

今、多く覆瓿(ふくほう)を以て俟つ。何ぞ古今のひとのあい及ばざるや。

今では、たいてい(ひとの文章)は「カメのフタ」にしてしまう。いにしえと今とで、そんなにニンゲン性(や文学)の価値が変わっているわけでもなかろうに。

というのです。(「小窗自紀」第54則

ということは、お互いに褒めあい舐めあうより、お互いにけなしあうのが今の時代にはふさわしいのかな?

ところで、「覆瓿」について。

漢書・揚雄伝」において、当時の大学者・劉歆が楊雄に対して、その著作である「太玄経」を評し、

今学者有禄利、然尚不能明易。又如玄何。吾恐後人用覆醤瓿也。

今の学者は禄利ありとても、しかるになお易を明らかにするあたわず。又「玄」を如何せん。吾は恐る、後人用いて醤瓿(しょうほう)を覆わんことを。

ゲンダイ(紀元前1世紀)の学者は、(「易」を学べば「博士」となって)給料をもらえることになるというのに、それでも「易」を明確に理解できているとはいえないのじゃ。おまえさんの書いた「太玄」を理解などできようか。(わしはその価値を認めるが)後世のやつは、おまえさんの書の価値をわからず、その紙を醤油ガメのフタにしてしまうのではないかと心配でしようがない。

と言いました故事から、「覆瓿」(カメの蔽い)というのは、著作の価値が評価されないことを言う成語であります。「肝冷斎雑志」、あちこちで醤油ガメの蓋にされてしまっているとよく聴きます。悲しいです。

しかしながら、ようくよく考えてみると、もともと「漢」の時代の方が「唐」の柳宗元の時代よりずっと古いわけですから、ニンゲンの価値、文学の価値は実は漢の時代に一番評価されなかった、のであって、昔がよくて今はダメだ、という直線的時系列に沿っているのではない、ような気もしてまいりますが、ああ、もうこんな時間、明日はほんとに起きられないので、遅刻します。会社のみなさま、申し訳ございません。

ちなみに、揚雄の「太玄(経)」は易によく似た仕組み(「易」は二進法を六回組み合わせて六十四通りの卦を作りますが、こちらは三進法を四回組み合わせて八十一通りの占辞を立てる)で、天地万物の成り立ちの分析や時運の占断ができるようにした書籍で、ゲンダイのシナ文明圏にも信奉者がかなりいると聞きます。わしも少しかじったが少し忘れた。

出勤は十時過ぎでしょうかな。体調崩したことにするか。午後になるかも。

 

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