平成23年2月8日(火)  目次へ  前回に戻る

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わ。またPCが動いた。

今日も動くとは思わなかったです。昨日、次回は公冶長のことを話すと申しておりましたが、週末あたりのつもりだったので困りました。

準備不足なので、今日は別のお話をさせていただきます。

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北宋の名臣、魏公・韓gが対西夏防衛線の一環として、河南の相州府に本営を置いていたときのこと。

ある晩、本来は文官である韓gは、府庁の孔子廟をお祀りするために物忌みして廟内に宿直していた。

夜、偸児入室。

夜、偸児入室す。

深夜、盗びとが部屋に忍び入ってきた。

軍営の防備厳しい中を忍び込んできたのである。ただものでないこと、知れた。

盗びと、白刃を手にして、床に起き上がった韓gに向かい、押し殺した低い声で言う、

不能自済、求済于公。

自済するあたわず、公に済を求むなり。

「自分で自分の窮乏を救うことができなくなりもうした。あなたに救うてもらおうと思いて参上した次第」

公はぎろりと盗びとをにらむと、

几上器具、可直百千、尽以与汝。

几上の器具、値百千なるべし、ことごとく以て汝に与えん。

「そこの机の上に(祭祀用の)器具がいくつかある。豪華に作りつけた物ゆえ百千金の価値はあろう。すべて持って行くがよい。」

盗びとは机上をちらりと見ただけで、さらに一歩にじり寄り、言うた。

願得公首、以献西人。

願わくば公の首を得て、以て西人に献ぜんとす。

「できますればあなたのお首をいただいて、西方の夏国に献上したいのでございますが・・・」

魏gは当時中原をうかがっていた河西の西夏国にとっては宿敵のような存在であったから、その首には莫大な賞金がかかっていたのである。

「なんじゃ、そちらか。やれやれ、国を売ってまでもカネが欲しいか・・・」

つぶやいて小さく笑うと、

公即引頚。

公、すなわち頚を引(ひ)く。

韓gは即座に首を伸ばして、斬られやすくしてやった。

すると盗びとは白刃を投げ出してその場に土下座した。

以公徳量過人、故来試公。

公の徳量人に過ぐるを以て、故に来たりて公を試みるなり。

「わたしは、あなたさまが誰よりも雅量の大きな、すばらしい人徳の持ち主だと聞きましたので、本当かどうか試しに来ただけでございます。

今、その大きさはしかとわかりました。ただ、わたしは生活が苦しいのは本当でございます。

几上之物、已荷公賜、願無他也。

几上の物、すでに公の賜りを荷なう、願わくば他するなかれ。

そこで、机の上の物は、あなたさまからの賜り物としていただいてまいります。できれば、このこと、是非ご内密に願います」

韓gは伸ばした首を縮めると、小さく頷き、

諾。

「わかった」

とだけ言うた。

「ありがたき幸せ」

盗びとは机上の祭祀用品のいくつかを懐にすると、床の上に座ったままの韓gに一礼し、

すう――――

と消えて行った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このことが何故伝わったか。

もちろん、魏公が他言したわけがない。

この盗びとがその後、不覚をとって別件で捕らえられ、斬首されることになったのである。

そのときは既に魏公もこの世の人ではなくなっていたが、盗びとは斬首のために引き出された刑場で、群衆に向かってこの話をしたのである。

最後に

慮吾死後惜公之遺徳不伝于世也。

吾が死後を慮(おもんぱか)るに公の遺徳の世に伝わらざるを惜しむなり。

「わしが死んでしまった後のことを考えると、魏公さまの人物の大きさを世に伝えるひとが無くなってしまうのが残念じゃと思うて、今ここで話したのじゃ」

と言うて、にこりと笑うて首をはねられたのであった。

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イイハナシダナー。みなさんも簡単に国を売ってはいけませんよ。宋・陳正敏「遁斎閑覧」より。

 

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