平成22年6月23日(水)  目次へ  前回に戻る

世俗春画、鄙褻之甚。

世俗の春画は褻(せつ)の甚だしきを鄙とす。

俗に出回っているエッチな画は、あんまりエロいのは下品なものである。

さて、ある商人がやってきて、

「だんな、いい出物がありやすぜ」

と絹布に描かれたエッチ画を出してきた。

「これは倭国から入ってきた舶来物でやんすよ」

「ほほう、どれどれ」

とじっくり看てみるに、

其図男女、惟遠相注眺、近卻以扇掩面、略偸眼覰。

その図の男女、ただ遠く相注眺するのみにして、近きは卻(かえ)って扇を以て面を掩(おお)い、ほぼ眼を偸(ぬす)んで覰(そ)す。

その画に出てくる男と女は、遠くからお互いを望みあって気持ちを交わしているばかり。近づいている場合には、扇で顔を隠して目だけでちらちらと相手の姿を盗み見しているだけなのだ。

「覰」(ソ)は見慣れない文字ですが、「うかがう」の意。

エッチ画に出てくる男女がみな慎ましやかなのである。

有浴者亦在幃中、僅露一肘、殊有雅致。

浴者また幃(イ)中に在りて僅かに一肘を露(あら)わすのみなる有りて、ことに雅致あり。

入浴中の女性の画があるのだが、この女の姿もとばりの中にあって、見えているのはただ一方の腕の肘のあたりから先だけ、というのも、たいへんにみやびやかで気分がある。

「こういうのの方が、なかなかそそるんじゃよなあ」

と言いながら一通り見せてもらったが、

其絹極細、点染亦精工、因価高、還之。

その絹極めて細にして、点染もまた精工、よりて価高く、これを還せり。

その絹布はきわめてキメ細かで、色をつけたり染めたりする技術もたいへん精巧であり、ために高価なものであった。ので、買わずに返した。

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李詡「戒庵老人漫筆」巻一に書いてあった。李詡は16世紀のひとであるから、我が国の戦国時代の作品を見てクール・ジャパンに興奮してくれていたわけである(江戸後期の世界に冠たる浮世絵系春画ではなく、源氏物語絵巻みたいなのを見たのでしょう)。倭国の技術はいにしえ、東洋のあこがれだったのだ、ということである。でも高いのは手が出ないよね。

 

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