平成22年6月21日(月)  目次へ  前回に戻る

唐・開元の時代。

宮中で佳節の御宴の行われた際のことである。

宴たけなわのころ、宰相の宋mのところに一人の宦官が近寄り、

―――皇帝陛下よりの賜り物にございます。

と差し出したのは、帝の常用している黄金製の(チョ。「箸」)であった。

―――これで今宵の宴の佳餐を楽しまれよ、とのお言葉にござります。

ありがたいことである。

しかし、宰相は剛直を以てなる人柄、「むう」と腕組みし、

「まことにありがたきことながら・・・・・この宋m、しかるべき俸給は賜っておりまする。これ以上、黄金を賜る必要はございませぬ。もし陛下がお入用でないのならば、この黄金は国庫にお戻しになるがよろしかろう」

あろうことか、賜り物を返してしまったのである。

宰相が喜ぶであろうと思うて手ずからこれを賜った皇帝のお気持ちを思うと、なんともやりきれぬ。宦官は蒼ざめた顔で賜り物の筯を持って引き下がって行った。

宋mはそのまま平然と、酒食を楽しみ、楽士らの奏でる音楽と妓女たちの官能的な舞を楽しんでいた。

しばらくすると再び最前の宦官が現われ、言うに、

―――畏れ多くも陛下におかれては、「まことに宰相の言うとおりである」とのことでございました。その上で・・・

と、宦官は再び先ほどと同じ筯を差し出し、

―――陛下はこのように伝えよとのことでございまする。

所賜之物非賜汝金。蓋賜卿之筯、表卿之直也。

賜うところの物は汝に金を賜うに非ざるなり。けだし、卿にこの筯を賜うは、卿の直なるを表せんとなり。

これを下賜しようというのは、あなたに黄金を下賜しようというキモチからなのではない。あなたにこのお箸を下賜するのは、あなたが(お箸のように)まっすぐな心で職務に勤しんでくれているのを表彰しようというキモチなのである。

だから、ぜひ、これを受け取ってほしい、と。

「おお」

宋mは感劇し、すぐさま

下殿拝謝。

殿を下りて拝謝す。

宮殿の階下に降りて、皇帝に拝礼して感謝した。

以後、彼は亡くなるまで、その筯をひとに見せるたびに涙を流しながら皇帝のことを偲んだということである。

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かっこいい。すかっとさわやか。初恋の味。・・・でもないか。 「開元天宝遺事」巻上より。

今日は夏至でしたね。東京の宵の空は七時半ぐらいまでどろどろに赤く不気味であった。明日の何かの兆しであるかのように禍々しい夕焼けでございました。

 

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