平成21年 9月24日(木)  目次へ  前回に戻る

盧陵のひと、科挙に応ずるとて南京の都に出かけたが、その途次、次の宿場までまだずいぶん距離があるというのに、もうとっぷりと日が暮れてしまった。

「これは困った」

と野宿を覚悟していると、

行遇村、詣一村舎求宿。

行くに村に遇い、一村舎に詣りて宿を求む。

歩いているうちにとある村に入った。そこでこれを幸いと、一軒の屋敷を訪ねて一夜の宿を求めたのであった。

門を叩いているうちに、老人が出てきた。

老人、事情を聞き、頷いて言うよう、

吾舎窄人多、客一榻可矣。

吾が舎窄(せま)くひと多し、客一榻ならば可なり。

わしの家は狭い上にひとが多うござる。ベッド一つだけなら空いておりますが、それでよろしいかな。

「十分でございます、助かります」

老人に案内されて屋内に入った。屋内は江南などでは見られぬ造りになっており、

屋室百余間、但窄小甚。

屋室百余間、ただし窄く小さきこと甚だし。

部屋は百以上もずらりと並んでいるのだが、その一つ一つはたいへん狭く小さいのである。

部屋に入る前に、腹が鳴った。

恥ずかしそうに老人に腹が減っていることを告げると、老人は、

吾家貧。

吾が家貧し。

わしの家は貧しいのでござる。

と言い、

「貴殿のごとき君子に差し上げるべきものではないとは思うのじゃが・・・」

と申し訳なさそうに、野草を持ってきた。

腹に入るものであれば何でもありがたく、早速

食之、甚甘美、与常菜殊。

これを食らうに甚だ甘美、常菜と殊なり。

それをむしゃむしゃと食ってみるに、おそろく甘く美味い。野草などというべきものとも思えない。

腹も膨らみ、さて眠ろうと狭い部屋に横になったが、

惟聞訌訌之声。

ただ訌訌(コウコウ)の声を聞くのみ。

回りの部屋からはぶうぶうと(いびきであろう)声がうるさく聞こえてくるのであった。

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目を覚ますと、朝日がまぶしい。畑の中の樹下に寝ていた。

傍有大蜂窠。

傍らに大蜂窠(ほうか)あり。

そばには大きな蜂の巣があった。

その巣からは、朝から働き蜂たちが「ぶうぶう」と出入りしていたのであった。

ところでこのひと、もともと季節によっては手足の痺れる病を患っていたが、これ以降は悩まされなくなった。おそらく蜂蜜のしみこんだ残り物の野草(「蜂余」)をたっぷり摂取したからではないか、と自身で思い当ったのである。(なお、まことに残念ながら試験には落ちたという。)

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宋・徐鼎臣「稽神録」巻四より。「太平広記」にも引かれる。何だかよくわからないがハチに宿泊させてもらったとはキドクなハチもいたものですなあ。

さて、明の李時珍の記すところでは、ハチミツを作るハチには三種類あるのだそうである。

@    在林木或土穴中作房。為野蜂。

林木あるいは土穴中にありて房を作る。野蜂と為す。

森の中の木のウロや地面の穴の中に巣を営むもの。野生ミツバチという。

A    人家以器収養者、為家蜂。

人家にて器を以て収め養うものあり、家蜂と為す。

ニンゲンの家で、箱などの器に入れて養われるもの。養殖ミツバチという。

B    在山岩高峻処作房。即石蜜也。

山岩高峻処にありて房を作る。すなわち石蜜なり。

山中の岩や高い丘の上に巣を営むもの。すなわち岩石ミツバチである。

ゲンダイの何というハチに該当するのであろうか。このうち、Aのハチは比較的小さく、少し黄色く、そのミツはたいへん濃く美味である。Bのハチは黒く、アブのようであるという。

このひとの泊めてもらったハチは@〜Bのいずれであるか判然としないが、おそらくはAであろうか。もしかしたら普通の家に泊めてもらったのだが、あんまりいびきとか歯軋りがうるさいので夜中に放り出されて裏庭の養蜂場に寝かされていたものかも知れない。合理的に考えればそういことになろう。

なお、上記@〜Bのハチにはいずれも王者がおり、その顔色は青黒く、不思議なことに、

皆一日両衙。

みな一日に両衙す。

どのハチにおいても、王は一日に二回、もろもろのハチたちの前に現われて謁見する。

この二回というのは、

応潮上下。

潮の上下に応ず。

海における潮の干満に対応しているのである。

・・・・・・・と、ほんとかどうかわからないようなことを自信たっぷりに報告してくれております(「本草綱目」巻三十九)。誰か実地観察してみてください。ついでに、ミツバチの群れが崩壊するのは本当に携帯電○の基地局のせいなのでしょうかというのも。

 

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