令和2年8月27日(木)  目次へ  前回に戻る

モモより先にキビだったのだ。

真昼の暑さは少し変わったような気がしますが、蒸し暑い。

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暑苦しいお話をしましょう。

孔子がその晩年、顧問格の国老として魯の哀公さまのお側に侍っておりましたとき、哀公さまはモモの実とキビの穂を賜って、

請用。

請うらくは用いよ。

「どうぞお使いくだされ」

とおっしゃった。

孔子はありがたく頂戴して、

先食黍、後食桃。

先に黍を食らい、後に桃を食らう。

まずキビ(の穂)をむしゃむしゃ食い、それからモモの実を食べた。

手がべちゃべちゃになりました。

左右皆掩口而笑。

左右みな口を掩いて笑えり。

公の左右に侍る者たちはみな、口を蔽って「ぷぷぷ」「おほほ」「くすくす」と笑った。

マナー違反をしたのです。哀公は孔子がかわいそうになったのであろう、おっしゃった、

黍者所以雪桃。非為食之也。

黍なるものは以て桃を雪ぐところなり。これを食らうがためにあらざるなり。

「先生、キビの方はモモの汁を拭き取るために添えられているのです。それは食うために出されているのではないのですぞ」

「ええー、そうなんですか、ああ恥ずかしいのう」

・・・とか言えば可愛げもあるのですが、孔子はおっしゃった、

丘知之矣。然彼黍者五穀之長、郊祀宗廟以爲上盛。果属有六、而桃為下、祭祀不用、不登郊廟。

丘はこれを知れり。然れどもかの黍なるものは五穀の長、郊祀宗廟に以て上盛を為す。果の属は六有るも、桃は下と為し、祭祀には用いず、郊廟には登らざるなり。

「丘(孔子の名前)はそんなことは知っておりますじゃよ。しかし、このキビというものはイネやムギを含めた五穀の中でも、最も早くから栽培された一番手の穀物で、郊外での祭りやご先祖の霊祭りでも上等のものとして奉納されますじゃ。一方、果物には六種あるとされるが、モモはその中では下等なものとされ、霊祭りでは使われませんし、郊外や宗廟の奉納物にも献上されることはありませんでしてな。

丘聞之、君子以賤雪貴、不聞以貴雪賤。今以五穀之長雪果之下者、是従上雪下、臣以爲妨於教、害於義、故不敢。

丘、「君子は賤しきを以て貴きを雪ぐ」と聞くも、貴きを以て賤しきを雪ぐを聞かず。今、五穀の長を以て果の下なるものを雪ぐは、これ上よりして下を雪ぐにして、臣以て教えにおいて妨げ、義において害すと為す、故に敢てせざるなり。

丘は「賤しいものを使って貴いものをきれいにする」ということをまともな人がおっしゃっているのを聞いたことがありますが、「貴いものを使って賤しいものをキレイにする」と言われるのは聞いたことがございませんなあ。五穀の中でも一番手のものを使って果物の下等なやつをキレイにするとは、これは上を使って下をキレイにしているのですから、わたくしは、教育の妨げとなり道義を害することになる、と判断して、(モモを先に食ってキビで拭うということを)わざとしなかったのでございますがのう」

「そ、そうでしたか」

哀公曰善哉。

哀公曰く、「善いかな」と。

哀公はおっしゃった、「いいこといいますなあ」と。

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「孔子家語」子路初見篇第十九より。@文化的な尊卑の分はきちんと弁えねばならない、A主君をあらゆる機会を通じて諫めるのが師表たるものの務めだ、という@Aの教えとして、時々引かれる「先黍後桃」のお話でございます。・・・と終わらせておけばいいのかも知れませんが、やっぱりガマンできないぐらい、この孔子さまは変ですよね。なんでせっかく食べ物もらって、わざわざこんなこと言うんでしょうか。孔子さまがほんとうにこんな人だったら、尊敬できるはずがない。「火を通したら炭水化物の方が美味いでございますぞ」と言う教えなら、「さすが経験深い賢者のコトバじゃ」「おほほ、かわいいおじいさまね」とみんな尊敬すると思いますが。

 

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