令和2年7月1日(水)  目次へ  前回に戻る

カキだけで十分なところへ今度はモモを食えというのであろうか。

食べようと思って取っておいたものが無くなっていると、たいへんショックを受けるものである。

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元の時代のことです。

馬札児為小官時、嘗賃屋以居。

馬札児(まじゃる)小官たるの時、嘗て賃屋以て居る。

マジャルタイはまだ下っ端役人であったころ、借家を借りて住んでいた。

マジャルタイはメルキト部の名家出身で、弟のバヤンが先に出世しますが、大貴族なので「小官」といってもそんなに下っ端ではなかっただろうと思います。しかし、ペキン都内に土地を下賜されていなかったので、借家に住んでいたようです。

その後、マジャルタイは将軍に出世し、家も買い上げて持ち家になった。

ところで、

居有桃樹未実。

居に桃樹のいまだ実らざる有り。

その家には、モモの木があって、その年はじめて実をつけはじめていた。

「あの実が熟するのが楽しみじゃなあ」

とマジャルタイは言ってたのですが、ある日、帰ってきたら、モモの実が無い。

たいへんショックを受けて、

此桃何在。

この桃、いずくに在りや。

「あのモモの実は、どこに行ったんじゃ!!!!?」

と家人に訊いた。

すると、まだ七つか八つの息子・脱脱(トクト)ちゃんが言った。

尽采以貯小奩。

尽ごとく采りて、以て小奩(れん)に貯う。

「全部取ってしまって、この小箱に入れてありますよ」

「え? そうか。・・・どうしてそんなことをしたのだ?」

脱脱は答えた。

当時賃屋時、未嘗言及此也。当還其主。

当時(そのかみ)賃屋の時、いまだかつて言ここに及ばざりき。まさにその主に還すべし。

「以前、このおうちを借りていたころ、このモモの木のことは契約に入っていませんでした。あのころの地主さんにこのモモの実を利息として返さなければいけないと思うのです」

「ほほう」

マジャルタイは、

深喜之、他日亦拝相為太師云。

深くこれを喜び、他日また相を拝し太師たらんと云えり。

これを聞いて、たいへん喜び、「こいつはいつか、丞相となり太師となるかも知れんな」と言った。

そうです。

この脱脱ちゃんは、やがて元末の朝廷を一人で支える名臣となり、紅巾賊の討伐にほとんど成功したところで、君側の奸のみなさんに陥れられ・・・まあ、王朝末期によくあること、いつかまた脱脱さまの最期のお話もいたしましょう。

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元・孔斉「至正直記」巻一より。脱脱は武略や政治力もさることながら、学者たちを率いて、「宋史」「遼史」「金史」の三史を編纂した文化的功績も名高い。「正統」という不自然な概念から自由であった稀な知識人であったのである。それにしても残してあったはずのさつま揚げがないんです。絶対残してあったはずなのに!

 

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