令和2年6月29日(月)  目次へ  前回に戻る

三匹もいっぺんに食べるからいけないのでぶー。一匹づつ三食で食えばいいでぶー。

コロナ対策には何の役にも立ちませんよ。

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明の正徳辛未年(1511)夏、長江沿岸では、

疫癘盛行。

疫癘盛行す。

はやりやまいが流行した。

蘇州郊外に住む在地大土地所有者の顧鎮の家では、

老幼皆染疾、因祈于神、誓合家茹素以禳災。

老幼みな染疾し、因りて神に祈りて、誓いて合家、茹素して以て災いを禳わんとす。

年寄りも子どももみんなはやりやまいに罹って、ためにみんなで神さまに祈り、野菜を茹でたもの以外のおかずを食べないことを誓い合って、病禍を祓い除けようとした。

精進料理しか食べないことにして、神さまのお力を借りようとしたのです。

ただ、年寄りも子どもも、罹っても死んでないみたいなので、それほど死亡率は高くなかったのだろうと推測されます。

このとき、たまたま江蘇を所管する巡撫(地方長官)さまが、

開蔵賑済。鎮入城関領米。

蔵を開きて賑済せんとす。鎮、入城して領米に関わる。

官の倉庫を開放し、政府の貯蔵米を配分して人民を救済しようとした。顧鎮は、蘇州の城内に行って、この米配分の管理のために働いた。

そして家に帰ると、

是日感疾、不食頃而終。

この日感疾し、食頃ならずして終わる。

その日のうちに病に感染し、食事をするぐらいの時間のうちに死んでしまった。

死亡率はあまり高く無さそうな感染症ですが、このひとはあっという間に死んでしまったのだ。

死体を棺に入れようとして、

家人見三小蟹螫其背。

家人、三小蟹のその背を螫せるを見たり。

家の者たちは、三匹の小さなカニが、顧鎮の背中に引っ付いているのを見つけた。

「どこで付いたのだろう」

問之同入城者。

これを同入城せる者に問う。

一緒に城内に出かけていた者に訊いてみた。

そこでわかったのは、顧鎮は、シゴトが終わったあと、

于肆中買魚三尾、酒一壺、飲啖畢、附舟而帰、不以語家人也。

肆中にて魚三尾、酒一壺を買い、飲み啖い畢(おわ)りて、舟に附して帰り、以て家人に語らず。

城内の店でサカナ三匹とお酒一壺を買って、飲食し終えてから、舟に乗って帰ってきたのだが、帰宅後も(飲食してきたことは)家の者たちには内緒だった。

ということだ。

背中に引っ付いていたカニは、このとき舟で衣服に紛れこんだものであろう。

おそらく、家の者たちが「神さまに誓っていたのに何故死んだのだろう」と誤解しないように、

神蓋以示警云。

神のけだし以て示警せしならんと云う。

神さまがカニを引っ付けて、誓いを破ってはいけない、と警告したものであろう、と、ひとびとは言い合った。

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明・陸粲「庚己篇」巻第三より。コロナ対策には役に立たない、だけでなく、他のことにも役には立たない気がします。しかし、死亡率があまり高くなくても注意が必要だということはわかります。

 

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