令和2年4月20日(月)  目次へ  前回に戻る

「ほんとうにブタか確認するでぶー。マスクをとるでぶー」「耳無しぶたに言われたくはないでぶー」

今日は雨でした。明日はテレワークするぞー。

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これは清の終わりごろのことのようです。

蘇州の艮庭先生・江声というひとは、

精小学、善篆書、兼知医理。

小学に精(くわ)しく、篆書を善くし、兼ねて医理を知る。

「小学」は宋儒にとっては宇宙や世界の秘密を知る「大学」に対して、日用倫理について学ぶことを指しましたが、清代(及び宋代以外のたいていの時代)は、文字の形・意味・音についての学問を言います。

漢字学に詳しく、戦国末の文字である「篆」(てん)体で文字を書くのが上手で、おまけに医学を研究していた。

優秀なひとに見えますが、

性奇癖、嘗為人開薬方、輒書篆字、薬肆毎致錯誤。

性として奇癖あり、つねに人のために薬方を開くに、すなわち篆字を書き、薬肆つねに錯誤を致せり。

独特の偏屈さがあり、人に頼まれて薬の処方箋を書いてやるとき、いつも古代文字である篆字で書く。薬屋が間違って、別のものを処方してしまうことがよくあった。

「なぜそんなことになるのじゃ?」

先生怪之。

先生これを怪しむ。

先生はこのことを不思議がっていた。

それを見て、あるひとが言った、

薬肆人不識篆字、無怪其誤。

薬肆人は篆字を識らず、その誤まれるを怪しむ無かれ。

「薬屋がいちいち古代文字を知っているはずがないでしょう。なんで間違うのか不思議がるようなことではありますまい」

篆字と普段見慣れている楷書では、同じ文字であるかどうか、ぶたがマスクして鼻を隠しているとぶたかどうかわからないぐらい、わかりませんからね。

篆字の例。右は「醪」(にごりざけ)、その次が「医」(「醫」)、左の二字はどちらも「醤」。

しかし、それを聞いて、

先生恚曰、不識篆書、那便開薬肆耶。

先生恚(いか)りて曰く、「篆書を識らずして、那(な)んぞすなわち薬肆を開くや」と。

先生は目を剥いて怒った。

「篆書も読めないで、どうして薬屋ができるんじゃ!」

と。

真可謂不達世情者矣。

真に世情に達せざる者と謂うべし。

本当に「世間のことを知らない」と言われるべき人であったのだ。

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清・孫静安「栖霞閣野乗」より。まったく怪しからん薬屋ですね、いくら古代のことなんか知ってても役に立たないとはいえ、篆書も知らないとは。ゲンダイでもよくこんなやついますよ。何も知らないのに専門家ぶってたり、専門しか知らないのに知識人ぶったりしているやつが―――

(え? 今はそちらを攻撃する流れじゃない?)

―――いやいや、薬屋さんは偉いなあ。余計な蘊蓄なんかより現実の問題に取り組んでおられるのだ。それに引き換え、江艮庭先生の世間知らずなことよ。わははは。まあゲンダイでもこんな、先例とか規則とかにこだわって「先例や規則を知っていてそれに縛られているおれは偉いなあ」と言ってるやついますよね。怪しからんなあ。

ちなみにこれは「甲骨文字」の「鳴」です。この「鳥」を見ていただくと、肝冷斎の絵が、いかに古代の象形文字の流れを引く由緒ある絵か、わかっていただけると思います。

「原始的な姿を遺す象形図画でコケ」「人類の集合的無意識に訴えかけるものがあるでピヨ」

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