令和元年7月12日(金)  目次へ  前回に戻る

ひよこさまにたかられ、げっそりとやつれたように見えるぶたとのだ。これから夏バテでさらにやつれるのであろうか。

まだ梅雨も明けておらず、毎日肌寒いぐらいの日が続いておりますが、もう疲れてきました。もうダメだ。夏バテだ。水辺に行きたい。

・・・・・・・・・・・・・

ほんとかどうか知りませんが、

凡城郭水向西流者、主居人多無義寡恩。

およそ城郭の水の西に向かいて流るるものは、主居の人多く義無く、恩寡し。

城郭をめぐる川が西に向かって流れていると、だいたい、そこにずっと住んでいる人は、正義心が無く恩義に感じることの少ないひとが多い。

また、

水不通江湖者、主不産清奇之物。

水の江湖に通ぜざるものは、主、清奇の物を産せず。

(城郭をめぐる)川が、長江や湖に通じていない場合、その町のひとにはカッコいい特産物がない。

なんだそうです。

これを実地に当てはめてみると、

金陵人多薄情、秦淮川西流也。

金陵のひと薄情なる多きは、秦淮川西流すればならん。

金陵(南京)のひとに薄情なやつが多いのは、南京を流れる秦淮河が西に向かって流れているからだろう。

京口人多不冨且濁、水不通流也。

京口の人、富まずかつ濁れる多きは、水の流れに通ぜざればならん。

京口(江蘇・鎮江)のひとに貧乏でとろんとしたやつが多いのは、町を流れる川が長江に通じていないからかもしれない。

湖州多窃盗、水散漫也。

湖州窃盗多きは、水散漫たればならん。

湖州(浙江・湖州)のまちにこそどろが多いのは、町なかに水流が多いがその水系がばらばらになっているからであろうか。

一般に、

蓋山深処則民厚而実、水泛処則民薄而頑。

けだし山深きところすなわち民厚にして実、水泛べるところはすなわち民薄にして頑なり。

どうやら山が深いところの民は重厚で質実であり、水の流れに浮かんでいるような水辺の町の民は、軽薄でしかも頑迷であるようだ。

風水之説、信不誣矣。

風水の説、信(まこと)に誣せざるなり。

土地に吹き込む風と流れ込む水を中心に、その土地に住むひとびとの性格や運勢を占う「風水術」は、ほんとうにウソではないのだなあ。

・・・・・・・・・・・・・

元・孔斉「至正直記」巻四より。水が西流するというと我が国なら××や△△でしょうか。薄情なる者が多いということになります。海や大きな川とつながっていない町というと例えば〇〇あたりかな?貧乏でとろんとしたやつが多いぞ。こそ泥が多いのはどこだ? 

 

次へ