令和元年5月14日(火)  目次へ  前回に戻る

文人画の一種で、「組織的に活動する」ことを示すための挿絵らしいが、「目つきが悪い」として没になったものと推測されるニャー。

たいていのひとが百年も経たずにもうすぐ現世を出ていくので、現世での利害や名声を求める必要は原則無いのである。

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というわけで、

混跡塵中、高視物外。

跡を塵中に混じて、物外に高視せん。

事績は世俗の塵の中に目立たないように混ぜ込んでおいて、おれは世俗の外からおまえさんたちを高みの見物と行かせていただくぜ。

陶情杯酒、潜心篇詠。

情を杯酒に陶じて、篇詠に潜心せん。

感情はさかずきの酒に陶然(うっとり)とさせておいて、現実を離れ、詩文の篇章を吟じることに心を潜めさせていただくぜ。

そして、

蔵名一時、尚友千古。

名を一時に蔵して、千古に尚友せん。

おれの名前はゲンダイには表に出ないようにしまいこんでおいて、何千年の間の聖賢たちを心の友とさせていただくぜ。

ぐひひひひ。

けけけけけ。

ひっひっひっひっひ。

参破名利場、得了也好、失了也好。

名利の場を参破すれば、得了するもまた好く、失了するもまた好からん。

名誉や利益の争われる場に交わり(その意味が無いのを)喝破すれば、得ることができればそれもいいし、失ってしまったらそれもいい。

どうでもよくなるんです。

やがて、

打透生死関、生来也罷、死来也罷。

生死の関を打透すれば、生来するもまた罷み、死来するもまた罷まん。

生きると死ぬの境目をぶち抜いて(生きていることに執着しなくなって)しまったら、生きていこうとして特別なこともせず(そのままだし)、死んでしまうからといって特別なこともしない(そのままでいける)ようになる。

こちらもどうでもよくなってくるんです。

はやくなれるように、みなさんも頑張ってー。

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「酔古堂剣掃」巻四「霊」より。本日は先週末、職場の元後輩から三日以内に「お知り合いが描いてくれるなら描いてもらってください」と頼まれていた挿絵五点を納入(もちろん無償ですよ)。「シロウトっぽい絵ですね、使えるかなあ」と嘲笑されながらの納品であったが、シロウトですからそのとおりです。ああ、世間の評価はキビシイなあ。名利場はもちろん生死関も早いところ通り抜けた方が楽チンだということが身に染みてわかるところである。

 

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