平成30年7月10日(火)  目次へ  前回に戻る

信じがたいことだが、これほど消耗してもまだ火曜日だった。さすがに納得できず、茫然とするぶた、もぐ、ひよこである。

昼間、表に出る用事があって熱中症っぽくなったが、カレーライス食ってなんとか生き抜く。もう夏バテがひどいんです。なのにまだ火曜日だとは、どういうことか。納得できない。

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納得できないことは昔から多くあるのです。

元の時代のひとが「前代」のことだと言ってますから、南宋時代のことだと思うのですが、

常有以径寸明珠進御者。一宦官見之、即求賄賂。

常(かつ)て径寸の明珠を以て進御する者有り。一宦官これを見て、即ち賄賂を求む。

そのころ、直径3センチメートルもある巨大な真珠を皇帝に献上したいという者があった。取次ぎ役の宦官、その真珠を見て、

「クックックッ(含み笑いの声です)・・・これを帝にお慶びいただくには、少々手数料が要りますぞ」

と言った。

「なんですと。納得できませんな。このような秘宝を帝が御慶びならないはずがなかろう」

其人不従。

その人従わず。

そのひとは賄賂を拒否した。

「クックックッ・・・ほんとうによろしいのかな」

宦官遂取糸絡懸珠于梁、焚乳香燻之。

宦官遂に糸絡を取りて珠を梁に懸け、乳香を焚きてこれを燻す。

宦官は糸で珠を縛って横梁に懸け、その下から乳香を焚いて煙でいぶした。

すると―――、ああ、なんということでありましょうか、

須臾、珠即化爲水。

須臾にして珠は即ち化して水と為れり。

あっという間に珠はどろどろと溶けて水になってしまったのでありました。

「あわわ・・・」

其人失色。

その人、色を失えり。

そのひとは、真っ青になってしまった。

「クックックック・・・」

宦官は笑って言った、

爾独不能識宝耳。此非明珠也、乃猿対月凝視久、堕泪含月華結成者也。

なんじ独り宝を識るあたわざるのみ。これ明珠にあらざるなり、すなわち猿の月に対して凝視すること久しきに、堕泪の月華を含みて結成せるものなり。

「おまえはただ、宝物を鑑別する知識が無かった、ということじゃよ。これは真珠ではない。夜、サルが月をじっと見つめていると、やがてその目から涙が出てくるが、それは月の光の成分を含んでいるため結晶し、このような球形になるのじゃ。

乳香によって月光の成分を取り去ると、ただのサルの涙に戻ってしまったわけじゃよ。おとなしく賄賂を出しておけばうまく取り繕ってやったんじゃがのう。もう取り返しはつきませんぞ、クックックック」

其人慚悟而去。

その人、慚悟して去りぬ。

そのひとは、何が起こったか理解して、後悔しながら去って行った。

このひとは納得できたようですね。

さて。

もともとその人は誰からこの珠を譲られたのであろうか。売った者はその正体を知っていて、その人にどのように売り込んだのであろうか。その人は安く買いたたいた、と思ってほくそ笑まなかったのであろうか。そのころ売った者もほくそ笑んでいたのだろうか。ああ、社会は厳しく、人間はたやすくは信じられないものなのだ。

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元末の文人・孔斉、字・行素「至正直記」を入手してまいりました。その巻一より。孔斉は山東・曲阜のひと、ということですから、孔子の子孫に当たります。静斎とも号したので同書は「静斎直記」「静斎類稿」とも称せられる。父のシゴトの関係で建康に暮らし、さらに元末の混乱を避けて浙江寧波に移住したらしく、「直記」は当時の浙江地方の状況の貴重な記録にもなっているようですが、とにかく雑駁。なんでも書いてある。人柄はマジメな人のようですが、オモシロい本である。

 

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