平成30年1月23日(火)  目次へ  前回に戻る

ときどき龍のようなものを見る。みなさんは見ませんか。

雪も止みまして、今日はただの平日に。明日も平日である。恐ろしく寒くなるそうなので、もうそろそろ脱落しそうになってきた。

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浙江の呉は水郷として有名であるが、特に呉の南の城門から出た浙江と江州の境界付近は、あちこちに水路がめぐりつながり、水量も豊富で流れが速くて、

雖漁師篙工、嘗有迷津之慮。

漁師・篙工といえども、嘗(つね)に迷津の慮有り。

漁師や竿を操る船頭でさえ、いつも船着き場がどこだったか迷う恐れがあるほどであった。

このあたりに深い淵がある。

この淵は、

光怪百出、老蚌潜焉。

光怪百出し、老蚌潜めり。

夜ともなると不思議な光がいくつも浮かび、その底にドブガイさまのすごいのが潜んでいるのだと言われていた。

漁師が網を入れても、それがこの巨大ドブガイさまのいるところだったりすると、なまぐさい風が顔に当たり、悪寒が止まらなくなってくるので、すぐに場所を変えてドブガイさまに許しを願うのであった。

当秋月皎潔、土人時見精光一溜、直接太陰、其中有宝珠蘊焉。

秋月の皎潔なるに当たりて、土人時に精光一溜の直に太陰に接し、その中に宝珠の蘊(あつ)まれるを見る。

秋の月光のさやかな夜など、地元のひとびとは、ときおり(ドブガイさまに)聖なる光が直接に月から差し込み、そこに宝のタマが巻き上がるのを見ることがあった。

さて、清の乾隆五十八年(1793)の初秋七月、

乖龍思襲其珠、使龍子化作赤鯉、伺蚌張開時、躍入其中、珠可得也。

乖龍(かいりゅう)その珠を襲わんと思い、龍子をして赤鯉と化作し、蚌の張開せる時を伺いてその中に躍り入りて、珠得べからしめんとす。

ひねくれ龍がドブガイさまのタマを奪おうと考えた。ひねくれは小龍を呼び出して、これを赤い鯉に変化させ、

「ドブガイが開いたときに飛び入ればタマが取れるだろう。うまくやるんだぜ」

と命じた。

「わかりまちたー」

と小龍は出かけて、ドブガイさまが殻を開くときを見計らってうまく飛び込んだのだが、

不意蚌覚有物、一翕而鯉浮水面矣。

不意に蚌、物有ると覚り、一翕して鯉水面に浮かべり。

予想に反してドブガイさまは「何やらおるわ」と知覚して、突然フタを閉じたので、鯉ははさまれて水面に浮かびあがった。

「や、やられまちた〜」

これを雲の上から見て、ひねくれ龍は大いに怒り、

雷雨轟下、直来与蚌親闘。

雷雨轟下して、直に蚌と親闘せんと来たれり。

雷雨とともに轟音をあげて降り、ドブガイさまと直接自ら闘おうとやって来た。

これに対し、

蚌做仰身掀起、儘力仰敵。

蚌は仰身をなして掀起し、力のままに敵を仰げり。

ドブガイさまは上空に向かって身を持ち上げ、全力で上からの敵に立ち向かった。

まだ初秋だというのに、

鳴涛巻雪、寒沫滔天。龍闘則一往一来、蚌迎惟一開一闔。

鳴涛雪を巻き、寒沫天に滔(あが)る。龍闘うことすなわち一往し一来し、蚌迎えること一開し一闔するのみ。

激しい音を立ててあがる波が、吹き来る雪を巻きこみ、冷たいしぶきが天上まで飛び上がった。龍は来ては去り来ては去りして攻撃し、ドブガイさまは開いては閉じ、開いては閉じして防御する。

如是三昼夜、龍竟不勝而去。阪田汨没、民廬漂蕩、合村大為老蚌所困。

かくのごときこと三昼夜、龍ついに勝たずして去れり。阪田汨没し、民廬漂蕩し、合村大いに老蚌の困ずるところとなれり。

こんな状態で三日三晩戦ったが、ついに龍は勝てなくて、逃げ出してしまった。この間に、堤も田も水没し、人家は流され漂い、数か村が巨大ドブガイさまのせいで大変な被害にあったのであった。

このドブガイさま、

長約二三丈、闊丈余、毛蓬蓬若蘆葦然。売蟹王六従窗隙中窺見厥状如此。

長さ約二三丈、闊(ひろ)さ丈余、毛蓬蓬(ほうほう)として蘆葦のごとく然り。売蟹の王六、窗隙中より窺い見るに厥(そ)の状かくの如し。

長さはほぼ6〜9メートル、幅が3〜4メートルあり、ぼうぼうとアシの葉のように毛が生えていた。カニ売りの王六という男が、家の窓の隙間から覗き見したところ、そのような姿であったという。

時に詩人・華蘭舟なるひとがあって、ドブガイさまへの賛歌を謳いて曰く、

何物乖龍、潜生覬覦、 何物ぞ乖龍、潜生して覬覦(きゆ)し、

喪明敗北、自取之也。 喪明して敗北するは自らこれを取るなり。

 なにさまであろうか、ひねくれ龍めは。隠れて覗き込んで(タマを)盗み見し、

 知恵も無く敗北したのは、自分のせいなのである。

噫、夫人雖老、東海威風、誠難犯哉。 噫(ああ)、夫(か)の人は老いたりといえども、東海の威風、まことに犯し難きかな。

 ああ、あのお方(ドブガイさま)は年老いておられたとはいえ、東の海の威力ある風のごとく、まったくもって敵わないなあ。

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清・破額山人「夜航船」巻一より。強いとドブガイでも賛歌を贈ってもらえるのだ。みなさんも強い心で生きて行ってください。わしはもう脱落だが。

 

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