平成29年9月1日(金)  目次へ  前回に戻る

セミよ、つらい現世にあるのもあと数日だ。あと数日だけガマンすれば、おまえたちは行けるのだなあ。うらやまぶー。

今日はしとしと九月の雨。おいらたちセミは羽も濡れ、鳴き声もまことに弱ってしまった。もう終わりでつくつくなあ・・・。

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昨日の続きでございます。

馬鳴大士(めみょうだいし)が指さした虚空には、

現一大金龍、奮発威神、震動山岳。

一大金龍の威神を奮発し、山岳を震動するを現ず。

黄金色の巨大な龍が、すさまじい神威を振るって、山や岳を震動させているのが見えたのだった。

しかし、大士が「むふん!」と気を籠めて、魔物に向かって数珠を握った右拳をさし上げると、

魔事隋滅。

魔事随いて滅す。

魔物はだんだんと小さくなっていった・・・。

・・・魔物が小さくなっていくとともに、天地は徐々に明るさを取り戻した。

ふとひとびとが気づいたときには、魔物が現れる前と同じように、天にも地にも光が満ち、鳥の声が聞こえている。

まるで先ほどまでのことが夢のようである。

大士はなお祈りを続けていたが、やがて、視線をひざ元に落とした。そこには、

有一小虫、大若蟭螟、潜形座下。

一小虫の大いさ蟭螟(しょうめい)のごときが有りて、座下に潜形せり。

「蟭螟」は「ぶよ」のことなんです。でもちょっと小さすぎる気がするので、ここではあえて「あぶ」としておきます。

あぶほどの大きさの小さなムシが、大士の座布団の下にもぐりこもうとしていた。

大士は、

以手取之、示衆曰斯乃魔之所変、盗聴吾法耳。

手を以てこれを取りて、衆に示して曰く、「これすなわち魔の変ずるところ、吾が法を盗み聴かんとせしのみ」。

手でこのムシをつかみまして、これをその場にいたひとびとに見せながら、

「これが魔物の変化した姿ですな。こいつはわしの説法を盗み聞きしようとしていたのじゃ」

と言った。

そして、

乃放之令去、魔不能動。

すなわちこれを放ちて去らしむるに、魔動くあたわず。

ぽい、とそれを放って逃がそうとしたのだが、魔物(ムシ)はその場の落ちて動こうとしない。

「これはどうしたことじゃ――。これは別の縁があるとみえるぞ」

大士は合掌すると、

爾但帰依三宝、即得神通。

爾、ただ三宝に帰依せば、即ち神通を得ん。

「おまえはただ、仏・法・僧の三宝を信仰するがよい。そうすれば精神の力が通じて自由になることができよう・・・」

と唱えながら瞑目した。

すると、ああ、なんという不思議な現象でありましょうか。

そのコトバが終わるか終わらぬかのうちに、そのムシから煙がもくもくと沸き出したのである。ひとびとが戸惑っていると、やがてその煙の中からひざまづいたニンゲンが現れたのであった。

これがそれの本体であったのだ。

遂復本形、作礼懺悔。

遂に本形に復し、礼を作して懺悔す。

それはとうとう本来の正体に戻って、大士を拝礼し、謝罪したのである。

「申し訳ござりませんでした。わたくしは魔物ではなく、外道魔法士の迦比摩羅(カビ―マーラ)と申します」

「なるほど、おそろしい魔力であったが、ニンゲンであったのか。ところで、

尽爾神力、変化若何。

爾の神力を尽くさば、変化することいかん。

おまえの力を最大限に発揮したら、何に変化することができるのかな?」

我化巨海極為小事。

我、巨海に化すること、極めて小事と為す。

「わたくしは巨大な海に変化することができますが、それだってまったく大したことではございませんな」

それを聞きまして、

「わははは」

と、大士は哂われました。そして、曰く、

爾化性海得否。

爾、性海に化すること、得るや否や。

「おまえは、「本質の海」に変化することができるのかな?」

「は?」

カビ―マーラは茫然とした。

何謂性海、我未嘗知。

何をか性海と謂う、我いまだかつて知らざるなり。

「「本質の海」とはいかなるものでございましょうか。わたくしはそれを知りませぬ」

大士は言う、

山河大地、皆依建立、三昧六通、由玆発現。

山河大地、みな依りて建立し、三昧六通、これによりて発現す。

「山も河も大地も、その上につくられており、自由な心の状態も精神の活動も、すべてそれを通り過ぎて現れてくる―――それが「本質の海」だ」

「なに言ってるんだ、あんたは」

「なんのことかまったくわからんぞ!」

「あたま、大丈夫か?」

と言いたくなりますが、カビ―マーラは

「なんと!」

と叫ぶと、このコトバによって真理に達し、ついに馬鳴大士の弟子となったのである。

・・・・・・・・・・さてそれから何年も経って・・・・・・・・・・

ある日、馬鳴大士は五百人の大弟子たちを集め、彼らの前で、

「如来より受け継いだ偉大な法を、今日、カビ―マーラに授け渡す」

と宣言すると、

挺身空中、如日輪相、然後示滅。

空中に挺身して、日輪の相の如く、しかる後示滅せり。

ぴょ〜〜ん、と空中に飛び上がり、そこに太陽のようにとどまって、それから死んだのであった。

かくして迦比摩羅尊者が法を継いだのでございます。これは、周の顕王(在位前368〜前321)の四十二年、甲午歳(前327年)のことでございました。

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「五燈会元」巻一「馬鳴尊者」より。

「作り話だとして、なんらかの真実をどこかに含んでいるのか?」

「どこからどこまでが真実でどこからがつくりごとなのか?」

「誰が何の狙いで作った話なのだ?」

などと疑ってはいけませんよ。そんなことを疑いはじめると、このHPを更新しているおいらは正真正銘のセミなのに、「なぜセミにHPの更新ができるのだ?」といかなる真実も疑わしくなってきてしまうのですから。つくつくつくつく・・・。

 

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