平成28年12月27日(火)  目次へ  前回に戻る

勉強は大切である。左図はアンコウがタコではないか調べるブタイヌ。

今日はここ数年で無いぐらい眠たかった。頭も痛いんです。昨日風呂の中で眠ったのがまずかったカモ。

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「肝冷斎くん、そこに座りなさい」

「うわーい、また説教でちゅか(頭痛いのに・・・)」

と思いながらも言われたとおり座りまして、説教を聞きます。

蓋聞、太陽未升爝火与流蛍並照。

蓋し聞く、太陽いまだ升らざれば、爝火と流蛍並び照らす、と。

わしはこう聴いている。「太陽が昇る前は、たいまつの火や飛び交う蛍の光が闇を照らしている」と。

太陽が昇ってしまったあと、それらはどうなるかな。

また、こう聴いている。

繁霜未降蕣花与小草同妍。

繁霜いまだ降らざれば、蕣花と小草妍を同じうす。

霜が降りる前には、朝顔や小さな草花たちは同じようにきれいに花を咲かせている。

霜が降りたあとにはそれらは跡形も無い。

だから、このように言おう。

蛟蜃之市不可以称有国、稊稗之秋不可以言有年。

蛟蜃の市は以て有国と称すべからず、稊稗(ていはい)の秋は以て有年と言うべからざるなり。

「蛟蜃の市」とは、水龍や蜃(大はまぐり)が吐き出す気の中に現れるマボロシの都市、ということで、要するに「蜃気楼」の町、です。「稊」はイヌビエ、「稗」はヒエ、いずれも穀物とはいえ上等のものではない。

蜃気楼の街は豊かな国と称えることはできず、ヒエやイヌビエが実っても豊かな稔りとはいえない。

「ということで肝冷斎くんも、マボロシの成功を求めるのでなく、本当に意義あることを成し遂げねばならんぞ」

「はーい(いけね、居眠りしてた)」

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これで今日の説教はおちまい。軽いやつでよかったですね。

明・王子充「擬連珠編」より。「擬連珠編」は「連珠に擬する編」=「連珠のマネをした箴言集」の意です。なお「連珠」についてはこちらを参照くだちゃい。本日、頭痛の中、昼休みに某書店で発見した明刊「今献彙言」(民国五十八年台湾商務印書館発行)に所収。この本は勉強になるぞ。(勉強するかどうかは知らんけど)

 

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