平成27年6月28日(日)  目次へ  前回に戻る

セールスマンもやってくる。

今日は日曜日。

村に行商人が来ました。村の外の世界の最近の情報を得ようと、広場にひとびとが集まります。

行商人は背中の荷物箱から売り物の日用品を出してならべながら、ひとびとに促されるままに話し出しました。

―――そうですなあ、最近の出来事といえば・・・

・・・・・・・・・・・・・

江蘇・晋陵県のある村に蔡興という男が住んでいるのですが、この男が

忽得狂疾、歌吟不恒。常空中与数人言笑。

忽ち狂疾を得、歌吟恒ならず。常に空中に数人と言笑す。

この間、急にヘンになってしまったんです。突然歌いだしたり詩を吟じたりするのですが、うたっている歌や詩の内容はまったくワケがわからない。そして、歌っているときのほかは、いつも頭のまわりの空中にいるらしい数人の相手と談笑しているのです。

さて、この蔡興、ある日、いつものように空中の誰かと話をしていました。

「え? なんだって?

当載誰女。

まさに誰が女を載すべきか。

「どこの家の女を(車に)乗せて連れだすか」だって?

すると、別の一人が何かを言ったようで、

家已多。

家すでに多し。

「候補は多いからな」だって?」

それから「ぎひひひ」と笑い、「わはは」「あはは」と相手の肩を叩いたり手を握ったりするふうな仕草をして、やがてまた意味のわからない歌を歌いはじめました。

その晩のこと―――

後夜忽聞十余人将物。

後夜、たちまち十余人の物を将(ひき)いるを聞く。

深夜、どこからともなく十人以上の人が、何かを引っ張ってやってきたらしい物音がした。

この一行は村びと劉余之の家の門を勝手に開けて、入り込んで来たのだった。

劉余之、抜刀出後戸、見一人黒色。

劉余之、抜刀して後戸を出づるに、一人の黒色なるを見る。

家長の劉余之は抜き身の刀を引っさげて、裏口から出て表に回った。すると、そこに黒い色の人影があった。

「おまえらはナニモノだ!?」

と呼ぶと、その人影は

罵曰、我湖長、来詣汝。欲殺我。

罵りて曰く、「我は湖長にして汝に来詣せるなり。我を殺さんとするか」と。

怒鳴り返して言うには、

「わしは湖のぬしである。そのわしがおまえのところに来てやったのだ。そのわしを殺そうというのか!」

と。

そして、

即喚群伴、何不助余乎。

即ち群伴に喚ばうに「何ぞ余を助けざるか」と。

あわててお供の者たちに、「おまえたち、わしを助けぬか!」と呼びかけた。

「怪しいヤツらめ、成敗してやるわ!」

余之即奮刀乱斫。

余之、即ち刀を奮って乱斫す。

劉余之はただちに刀を振りかざし、ムチャクチャに斬りつけた。

「うわーーーー!」

「ひえーーー!」

黒い色の人影と、そのすぐ近くにいた人物を斬り倒すと、あとの十人ばかりは

「に、逃げろーーー!」

とどこかに去って行った。

劉余之が家人に灯りを持って来させると、そこには

得一大鼇及貍。

一大鼇と貍を得。

巨大なヨウスコウワニとタヌキが一匹づつ、転がっていた。

劉家では早速これを煮込んで、村中に配ったということだが、蔡興の方は相変わらずで、今度はまた別の何かの精霊と会話を続けているらしいのでございます。

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南朝宋・劉義慶「幽明録」より。

今日の日曜日、村中はこの不思議な事件のことで持ちきりでしたが、明日は月曜日。またハタラかねばならない日々が始まるよーーー!(T_T)

 

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