平成27年2月25日(水)  目次へ  前回に戻る

←春先になると変なやつ出てくる。※ただしこれは沖縄のアカナー。奄美ではヒヌモンというレッキとした妖怪です。

春先です。あたたかくなってきました。が、春先用の服が無いので帰宅するときに同僚から「お、今日も重装備ですなあ」と言われ、カナしいキモチになる。でもこの世はすべてウソの世界なのだ、と思えば、どうでもいいことにも思えます。

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一昨日から続きます。

周邦彦の左遷を命じてからしばらく経って、道君(徽宗皇帝の通り名)はまた李師師のもとにお忍びで出かけた。

ところが、留守である。

「いったいどこに行かれたのかな?」

と門番に問うに、門番は道君が皇帝だなどと知らないまま、

送周監税。

周監税を送る。

「今度、税務の監査官として地方に赴任することになった周さまを見送りに行ったのでさあ」

と答えた。

「ほう・・・、周邦彦を?」

「そう、そうのホーゲンさまでさあ」

「そうですか。しばらく待たせてもらおうかな」

道君は客間に上がりこんで休息した。

坐久、至更初、李始帰。愁眉涙睫、憔悴可掬。

坐すること久しくして、更初に至りて、李始めて帰る。愁眉・涙睫、憔悴して掬すべし。

だいぶん待って、宵も過ぎたころになって、李師師はやっと帰ってきた。心配げにひそめた眉、涙にぬれた睫毛、げっそりと落ち込んで支えてやらねば倒れてしまいそうな風情である。

道君その姿を見て、

爾往那裏去。

爾、那裏に往き去れる。

「あなた、いったいどこに夜遊びに行ってたのですか?」

と皮肉まじりに問うた。

李師師はマジメな顔で答えた。

臣妾万死。

臣妾万死なり。

「ごめんなさい、ずいぶんお待たせしちゃったみたいで・・・」

ふう、と悩ましげにためいきをついて、

知周邦彦得罪、押出国外、累致一杯相別。

周邦彦の罪を得て国外に押出せらるを知り、累して一杯の相別を致せり。

「周邦彦さんがお叱りを受けて、都から左遷されたと聞いたので、お邪魔して送別のお酒を一杯いただいてきましたの。

この間、わたし、道君さまにミカンをいただきましたでしょう?」

「え? ええ、そうでした・・・ね」

「あのとき、あなたがわたしの指を細く、白い、と誉めてくださったので、わたしうれしくて、周邦彦さんにそのことを題材にした詞を作ってもらって・・・、ほら、この間、あなたの前で歌わせてもらった「少年行」の詞です」

「!」

「・・・あの詞を作ってもらって、お礼もしてないのに左遷されたというので・・・。巷では宰相の蔡京さまのお怒りを受けて、深夜に突然左遷の命が降った、とか・・・。

ごめんなさい、それで、

不知官家来。

官家の来たるを知らず。

あなたさまがお見えになっているとは知らなかったんです」

「ふむ・・・。そうですか、わたしがミカンを剥いているあなたの指を見て、

―――并州の名刀のようにすんなりとしているね。呉産の塩よりも白いね。

と言ったのを、あなたが周邦彦に伝えたんですか・・・」

「そうですわ。それでステキな詞を作ってもらったのに」

「うーん・・・、わかりました。宰相にも何か事情があったのでしょう。わたしが周邦彦の左遷を取り消すように取り計らいますよ」

「え?ほんとうに?」

「ええ。その代わり、なにか・・・そうだ、

曾有詞否。唱一遍看。

かつて詞ありや否や。唱わば一遍を看ん。

周邦彦に何かいい詞はありませんか。それを一曲歌ってください。最後まで聴かせてもらいますよ」

李師師うけたまわって、

「それでは「蘭陵王」の節に作詞した「柳陰直」(柳並木はずっと続く)のうたをうたいますわ」

居住まい正して、畏まって申さく―――、

容臣妾奉一杯、歌此詞為官家寿。

臣妾の一杯を奉ずるを容れよ、この詞を官家の寿のために歌わん。

「謹んで請う、わらわのささげる一杯のさかずきをお享けくだされんことを。わらわ、とのの命ながからんことを寿ぎて、この詞を詠わん」

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柳陰直、烟裏糸糸弄碧。隋堤上、曾見幾番、沸水飄綿送行色。

柳陰直なり、烟裏に糸糸、碧を弄す。隋堤の上、かつて幾番か見ん、沸水、飄綿の行を送るの色を。

 柳並木はずっと続き、もやの中、糸のような枝が一本一本、青高フ葉をゆらゆらさせている。

 隋の時代の土手の上で、この枝は、これまで何回見てきたのだろうか。

 水を揺るがせ、柳絮を舞い上がらせるような、哀しい送別のひとびとの姿を。

登臨望故国、誰識京華倦客。長亭路、年去歳来、応折柔條過千尺。

登臨して故国を望むも、誰か識らん、京華の倦むの客を。長亭の路、年去り歳来たるも、まさに柔條の千尺を過ぎるを折るべし。

 土手の上から懐かしい都をながめやるけれど、長く都に住んでいたこのわたしのことを、いったい誰が覚えていてくれるだろうか。

 次の宿場に向かう道すがら、冬が去り、春が来るたびに、別れのひとびとは柳の柔らかな枝を千尺分も折り取ってしまってきたのだ。

唐代に、送別に柳の枝を折り取って相手に送る風習があった、というのを踏まえているのである。

この詞、まだまだ続くのですが、長いので後略。

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曲終、道君大喜。

曲終わりて道君大いに喜ぶ。

曲をききおわると、道君さまは大いに喜ばれた。

そしてただちに人を遣わして、周邦彦を大晟楽正(宮中楽部の総指揮者)として呼び戻させたのでありました。

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おしまい。

宋・張端義「貴耳集」より。

「ほんとうのことですか? 見て来たようなウソみたいだなあ?」

と思ったあなた!

・・・あなたはおそらく正しい判断をしている、と思いますよ。

 

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