平成27年2月6日(金)  目次へ  前回に戻る

↓は忍者のシワザかも?そんな能力はないか・・・

週末になりました。しかし週末がくればまた月曜日が来るのだ。イッツ、オートマチック。自動的。

自動的、といえば、こんな事件があったそうなのでございます。

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ことは明の成化年間(1465〜87)、河北・武清県で起こったのでございます。

民家石臼与隣家碌軸皆自滾至麥地上、跳躍相闘。

民家の石臼、隣家の碌軸(ろくじく)と、みな自ら麥を地上に滾至して、跳躍して相闘う。

「碌」は石のこと。

ある民家の石臼と、隣の家の石臼の軸とが、どちらも地面にムギの粉をこぼしながら、躍り上がって闘いあう、ということが起こった。

「そんなことがあるはずない」

と思うかも知れませんが、

郷人聚観。

郷人聚まりて観る。

村人たちが集まってきて見た。

のだから、多数の目撃者があったのである。

村人たちは

以木隔之、木皆損折、闘不可解。

木を以てこれを隔するも、木みな損折し、闘い解くべからず。

木の棒を間に入れて両者を分けようとしたが、(石の堅さにはかなわず)木の棒はみんな折れ壊れてしまい、闘いを分けることはできなかった。

しかし、

至晩方息。

晩に至りてまさに息(や)む。

夜になったら闘いは止んだ。

村人たちは

「こいつらおかしいぞ」

以臼沈于池中、以軸墜深坎、相去各百余歩。

臼を以て池中に沈め、軸を以て深坎に墜とし、相去ることおのおの百余歩なり。

石臼の方は池の中に沈めた。石の軸の方は深い穴を掘って埋めた。その間は百歩以上離したのである。

ところが、

其夜、軸与臼復闘於池辺、地上麥苗皆壊。

その夜、軸と臼また池辺に闘い、地上の麥苗みな壊す。

その夜半から、石軸と石臼はまた池のほとりで闘いはじめ、周辺のムギの苗はすべてなぎ倒されてダメになってしまった。

ここまでのこと、無学の村人たちだけでなく、秀才の地位を持つ李廷瑞も何度も見に行って確認した、ということである。

さらに

闘猶不輟、乍前乍却或磕或触、硜然有声、火星炸落、三日乃止。

いなおやまず、たちまち前(すす)みたちまち却(しりぞ)きあるいは磕(カイ)しあるいは触し、硜然(こうぜん)として声有り、火星炸落して三日にしてすなわち止む。

闘いはさらに続き、両者は進んでは退き、ぶつかりあったり触れ合ったりし、カン、カンと音を立て、火花が散り落ちた。三日後になって、ようやく収まったのである。

目撃した李廷瑞はわたし(←肝冷斎にあらず、原著者なり)の友人で、信頼のおける人物である。

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明・馬愈「馬氏日鈔」明・施顕卿「奇聞類紀摘抄」巻二所収)より。

なんでこいつらこんなに争ってたんでしょうね、石同士で。もしかしたら、目撃した李廷瑞ではなく著者の方が、「信頼がおけない人物」だったのかも知れません。マスメディアが一番信頼置けませんでした、みたいな。

 

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