平成26年10月3日(金)  目次へ  前回に戻る

「やってられない。旅に出るでぶー」

一週間やっと終わった。この十年ぐらいで屈指のツラい週であった。来週はもっとひどいらしいよー。

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紀元前514年、晋の國。

賈辛は風采の上がらぬ男であったが、有能で忠実であったので、祁の大夫(現代の山西・祁県の県知事)に任命された。

赴任しようとして直前に実質的な任命権者である宰相の魏舒(魏子)のところに挨拶に行くと、魏舒は

辛来。

辛よ、来たれ。

「辛よ、きみ、こちらに来たまえ」

と呼び寄せて話始めたことには、

⇒むかし、

叔向適鄭、鬷蔑悪、欲観叔向、従使之収器者、而往。

叔向の鄭に適(ゆ)きしに、鬷蔑(そうべつ)悪(みにく)けれども叔向を観んとして、これをして器を収めしむる者に従いて往けり。

叔向どのが鄭の國に行ったとき、その国の賢者・鬷蔑(そうべつ)は風采の上がらないおとこであったが、一度晋の賢者・叔向を見ておきたいと思って、食器を片づける係の者にひっついて下働きに行った。

そして、

立于堂下、一言而善。

堂下に立ちて、一言にして善し。

庭先に立ってしごとをしながら、一言、「いいこと」を言った。

残念ながら「いいこと」(善)の中身は伝わっておりません。

叔向将飲酒、聞之、曰、必鬷明也。

叔向、まさに飲酒せんとしてこれを聞き、曰く、「必ずや鬷明ならん」と。

叔向はちょうど酒を飲みはじめようとしたところであったが、庭先で風采のあがらない食器片付け係がぽろりとこぼした「いいこと」を聴きつけ、

「そんなことを言えるとは・・・。おそらくはおまえさんは「賢者の鬷」どのだろう」

と言うと、

下、執其手以上。

下りて、その手を執りて以て上る。

庭に降り、鬷蔑の手をつかんで堂の上に引き連れて来た。

そして言うには、

⇒むかし、

賈大夫悪、娶妻而美、三年不言不笑。

賈の大夫、悪(みにく)く、妻を娶りて美なるも、三年言わず笑わず。

賈の國の大夫にブオトコなのがいて、ようやく妻を娶ったが、これが美人であった。妻は夫の容貌を嫌がって、嫁入りしてから三年の間、夫と口も利かず、笑いかけもしなかった。

あるとき、大夫は妻を連れて馬車で狩猟に出かけた。

大夫は弓が得意であったから、

射雉、獲之。

雉を射て、これを獲たり。

キジを見つけてこれを射て、見事にし止めた。

すると、これを見て、

其妻始笑而言。

その妻始めて笑い、言えり。

その妻ははじめて笑い、夫にことばをかけたのであった。

こうして二人はやっと仲良くなったのである。

大夫曰く、

才之不可以已、我不能射、女遂不言不笑夫。

才の以て已むべからざる、我射るあたわざれば、なんじ遂に言わず笑わずなりき。

「才芸というのは無くてよい、というものではないのだね。おれがもし弓の技を磨いていなかったら、おまえは今もまだおれと口を利いてくれず、笑顔も見せてくれていなかったのだろうから」

と。

⇒これと同様に

今子少不揚。子若無言、吾幾失子矣。言之不可以已也如是。

今、子は少しく揚がらず。子にもし言無ければ、吾ほとんど子を失わんとす。言の以て已むべからざるや、かくの如し。

いまみたところ、おまえさんはちょっと風采があがらぬようだ。もしおまえさんが一言「いいこと」をこぼしてくれなかったら、わしはおまえさんが誰かわからないままでいたであろう。コトバというものを磨かねばならないことは、(弓の技を磨かねばならないのと)同様なのだなあ」

そうして酒を酌み交わし、

遂如故知。

遂に故知の如し。

まるで古くからの知り合いのように語り合ったのであった。

⇒さて、

女有力于王室、吾是以挙女。行乎、敬之哉。毋堕乃力。

なんじ、王室に力有り、吾ここを以てなんじを挙(こ)す。行けや、これを敬(つつし)め。乃(なんじ)の力を堕とすなかれ。

「きみは公務にたいへん尽力してくれた。そこで、わたしはきみを推薦したのだ。さあ、行くがいい。そして今の言葉をよくよく戒めにしてくれ。きみは今までどおり、おこたらずに尽力してくれたまえ」

⇒このことを聞いて魯の仲尼(孔子)は言った、

詩曰、永言配命、自求多福。忠也。其長有後于晋國乎。

詩に曰く、「永くここに命に配し、自ら多福を求めん」と。忠なり。それ長く晋國に後有らんか。

「詩経」(の「大雅・文王篇」)にいう、

「永遠に天命にかなうようにすれば、大いなるシアワセを求めることができよう」

(「A」の話者である魏舒は)まごころのあるひとだ。(まごころがあれば天命に適い、)彼の子孫は長く晋の國で栄えることができるであろう。

と。

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「春秋左氏伝」昭公二十八年「魏子命賈辛」

A〜Dまで次々に主人公や話者が変わって、一部は入れ子細工みたいになっていて、オモシロい文章でしょう? 話の内容も「イケメン憎し」の感情に統一されているので仲間意識が高まり、オモシロいではありませんか。(え? 「おれはイケメンの方だからそんな感情に統一されていない?」あなたはオモシロいひとだなあ。鏡見た?)

ああ、週末。今日は昼のしごとの残業で○○ドームに行けず前売りチケット代損した。しかし家に帰ってきて風呂入って読書して、やっと「オモシロい」という感情が戻ってきた。おいらはやっとおいらに戻れたのだ。だだだあ!

 

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