平成26年8月14日(木)  目次へ  前回に戻る

今日もしごとツラかった。夜は歓送迎会。ポリープちゃん切除後はじめてアルコールを飲み、かつ、苦しくなるまでほしいままに食い物食った。うまかった。

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今日は宮仕えする者のあるべきすがたを先生に教えてもらいまちゅよー。

でも先生がエラすぎておいらみたいなコドモは自分では訊けないので、子貢さんに訊いてもらって、その横でお話をうかがいます。

子貢問う、

賜為人下、而未知所以為人下之道也。

賜(し)、人の下たりて、而していまだ以て人の下たるところの道を知らず。

「賜」(し)は子貢(←字)さんの名前。なお彼の姓は「端木」(たんぼく)である。

「わたくし、賜は、人にお仕えしているのですが、いまだ人にお仕えする際の「やり方」を知りません」

すると、先生はおっしゃった。

為人下者、其猶土乎。

人の下たる者はそれなお土のごときか。

「人にお仕えする際には、土のようにするのがよいであろう」

「はあ。土ですか」

先生がおっしゃった。

種之則五穀生焉、掘之則甘泉出焉。草木植焉、禽獣育焉、生人立焉、死人入焉。

これに種(う)うれば五穀生じ、これを掘れば甘泉出づ。草木植し、禽獣育ち、生人は立ち、死人は入る。

「土というものは、これに種を蒔けばコメ、ムギ、アワ、ヒエ、マメなど五穀が生じる。これを掘ればうまい地下水が出る。その上に草木が茂り、鳥やケモノが繁殖し、人は生きてその上に立ち、死ねばその中に眠る、という存在だ」

そして、

多其功而不言。為人下者、其猶土乎。

その功多くして言わず。人の下たる者は、それなお土のごときか。

「その功績は多いが、自らの功績を口にすることはない。人に仕える際には、土のようにするのがよいであろう」

みなちゃん、参考にちてね。なお「先生」はもちろん孔子ちゃんでちゅー。

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おエライさんに「あやつは土くれよ、泥人形よ」と蔑まれていればいいよ、というのでは無くて、「役に立て、そして功績を自ら口にするな」と言いたいようです。「韓詩外伝」巻七より。ちなみに「荀子」堯問篇、「孔子家語」困誓篇、「説苑」臣術篇にも同じ話あり。成立を考えると、「孔子家語」→「荀子」→「韓詩外伝」→「説苑」の順番になるのかな?「荀子」の方が古いかな?

「老子」

上善若水。

上善は水のごとし。

もっともよいやり方は、水のようにやることじゃ。

と対になってオモシロい。こちらは自営業をやる人に、よりよく当て嵌まるのかも。詳しくは次回の肝冷斎での講義の際に述べましょう・・・え? 聴くひとがいなくて永久に取りやめになった?

まあいいや。とにかく平日は明日一日だ。

 

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