平成26年7月14日(月)  目次へ  前回に戻る

 

うまく脱出できず、結局一日中会社でしごかれた。やっと帰ってきたけど休みまであと四日もあります。四日間どこかに隠れているような抜け道は無いものか。

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またまた紀元前6世紀のことだそうですが、晋の都・絳(こう)に近い、陝西の梁山という山で大規模な山崩れが起きた。晋侯は対応を考えさせるため、緊急用の駅馬車を走らせ、辺境に駐在している大夫の賢者・伯宗を呼び寄せたのであった。・・・・

伯宗は迎えの駅馬車に乗り込むと、どのような対策を提案しようか考え込みながら、都の絳(こう)に向かって急いだ。

―――と、都に向かう街道のど真ん中で、重い荷車(「重」)が止まって、のんびりと荷物の上げ下ろしをしている。

伯宗の駅馬車はその手前で止まった。伯宗は駅馬車から身を乗り出し、荷車に向かって

辟伝。

伝を辟(さ)けよ。

「急ぎの駅馬車じゃぞ。そこを退け」

と叫んだ。

「はあ」

重人曰、待我、不如捷之速也。

重人曰く、「我を待つは、捷の速やかなるに如かず」と。

荷車の持ち主が言うには、

「わしのしごとが終わるのを待つよりは、抜け道(「捷」)を通って行かれる方がずっと速いですぞ」

と。

「なんじゃと!」

とアタマに血がのぼり・・・かけた伯宗であったが、ふと思い直した。

「抜け道の方が速い、抜け道の方が速い、抜け道・・・か。なるほどなあ」

そこでにこやかになりまして、荷車の男に問いかけた。

「おまえはどこから来たのじゃ?」

「あっしですか。あっしは都の絳から、こっちに荷物を運んできたのでっさあ」

「ほほう。わしもこれから絳に町に行くのじゃが、あちらでは今どんなことが話題になっているのかのう」

「そうですなあ・・・。

梁山崩、将召伯宗謀之。

梁山崩れたれば、まさに伯宗を召してこれを謀らんとす。

梁山がえらい山崩れを起こしたので、伯宗さまを呼び寄せて対策をご相談しよう、ちゅうことになっとるそうな」

「ほほう。伯宗どのをなあ。

将若之何。

まさにこれをいかんせん。

伯宗どのは、この問題にどう対処するつもりじゃろうなあ」

「ふふん」

荷車の男は答えた。

山有朽壌而崩、可若何。国主山川、故山崩川竭、君為之不挙、降服、乗縵、徹楽、出次、祝幣、史辞、以礼焉。

山に朽壌ありて崩る、いかんすべけんや。国は山川を主とし、故に山崩れ川竭くれば、君はこれがために@挙せず、A降服し、B縵に乗り、C楽を徹し、D次(やどり)を出で、E祝に幣せしめ、史に辞せしめ、礼を以てすなり。

「山に腐った土があって、これが崩れたのであれば、自然の災害であってどうすることができましょうかのう。

山と川は国の柱となるもの。ですから、山が崩れたり川が塞がって流れなくなったときには、君主はこれを心配して、@食膳を減らす、A服を白いものに改める、B乗る車を飾りの無いものにする、C食事のときの音楽を止める、D宿所を変える、E祝(神官)に命じて捧げものを捧げ、史(書記官)に命じて奉斎の文書を作らせ、礼の規定どおりに(山川の神様を)拝むしかありますまい」

「ほほう」

其如此而已。雖伯宗若之何。

それかくの如きのみ。伯宗といえどもこれをいかんせん。

「まあ、こうするしかないでしょう。伯宗さまのような賢者でもこれ以上のことはできますまい」

伯宗はここまでを聞くと馬車から飛び降り、荷車の男の前で深々と一礼して、

「わたくしがまさにその伯宗でございます。あなたのような賢者にぜひ御一緒いただいて、我が君にただいまの対応策を申し述べていただきたい」

と懇願したが、男曰く、

不可。

可ならず。

「はあ? イヤですだよ」

と一緒に行くことを肯んじなかった。

そこで伯宗は荷車の作業が終わるまで待ち、そのあと馬車で絳に向かって、晋侯に面会すると、

遂以告、而従之。

遂に以て告げ、しかしてこれに従えり。

男に言われたとおりのことを申し上げたので、晋侯はそのとおりにしたのであった。

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というように、「抜け道探し」は大切です。「春秋左氏伝」成公五年(紀元前586)より。

それにしても、「賢者」なんて実はあちこちにゴロゴロいるものなんでしょうね。誰もそのひとの手前で立ち止まって、教えを受けようとしないだけで。

―――有能な人が失敗する理由のなかで最も重要なのは、待つことができないということである。 (ヨゼフ=シュンペーター)

 

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