平成26年6月30日(月)  目次へ  前回に戻る

←ぶた人間とかえる

もう今年も一年の半分が過ぎました。みなさん、水無月の祓にちゃんと茅の輪は潜って来ましたか。

・・・それはそれとして、腹減った。のに体重は増える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

五胡十六国の時代、苻氏が建てた前秦という国がございました。一度は華北をほぼ統一し、さらに江南も支配せんものと建康に都する東晋に攻め寄せたこともある国でございますが、この国がまず長安周辺の関中の地方を占拠したころ(350年ごろ)のこと。

長安近郊の新平の地で

有長人見語百姓張靖、曰苻氏応天受命、今当太平。

長人の見(あらわ)れて百姓・張靖に語ること有り、曰く、「苻氏は天に応じて命を受く、今まさに太平なるべし」と。

大きなひとが出現して、張靖という人民に語りかけるということがあった。そのひとが言うには、

「苻氏には、天が呼び寄せて人民を治めるように命を降したのである。苻氏(前秦国)によって天下は太平となることであろう」

と。

張靖が

「あ、あなたはどなたさまで?」

と問いかけると、その大きなひとは、実に優しげな微笑みを口元に浮かべたまま、

不答、俄而不見。

答えず、にわかにして見えずなりぬ。

問いには答えず黙っていた。しばらくすると、ふ―――と姿を消してしまった。

張靖、驚いてお役人に伝えたので、その報告が王の苻健にまで届けられた。

苻健は異民族出身の心身ともに至って健康な人であったから、その報告を聞いて、

以為妖、下靖獄。

以て妖と為し、靖を獄に下す。

「そんなことがあるものか」

と取り合わず、張靖を、ひとを惑わす者として逮捕してしまった。

さて、この年は長雨であった。

長雨が降り続け、各地で洪水の被害が出ている中、渭河の蒲津(「津」は渡し場)の監(管理官)が

「至急の御報告にござりまする!」

と駈けつけてきたので、苻健は

「また洪水の被害が広がったか」

と苦々しく思いながら引見すると、津監が言うには、

得一履于河、長七尺三寸。

一履を河に得たり、長さ七尺三寸。

「大水に乗って、上流から履き物が流されてきたのでございますが、その大きさ実に2.2メートルもあるのでございます」

「ええー!? ほんとでっちゅかー!」

と驚く苻健とその側近たちの前に実物が持ち込まれた。

たいへん巨大な履き物である。

人迹称之、指長尺余、文深一寸。

人迹にこれを称(くら)ぶれば、指の長さは尺余、文の深さは一寸なり。

その巨大な履き物を履く足の大きさを、普通のひとの足に当てはめてみると、足指の長さだけで40センチぐらい、足裏の足紋の皺の高さが3センチぐらい、と推定された。

苻健、大いに嘆息し、曰く、

覆載之間、何所不有。張靖所見、定非虚也。

覆載の間、何ぞ有らざるところならん。張靖の見るところ、定めて虚に非ざるなり。

「覆」とは全体を覆うもの、すなわち「天」、「載」は万物を載せるもの、すなわち「地」のことです。

「天地の間の世界には、有りえないと思ったものがあるものなのだ。先に張靖が会ったという大いなるひとも、きっとウソごとではなかったのであろう」

ただちに彼を釈放し、布や米を賜った、ということである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というぐらい巨大なひとであれば、食っても食っても腹は減る、かも知れませんが。

五代・杜光庭「録異記」巻二より。天地の間には何事が起こるかもわからないのである。有り得ない、と思ったことが有り得るかも・・・。もしかしたら明日の朝起きたら、勝手にシアワセになっているかも知れません。それを夢見て、泣きながら寝るのだ・・・。

 

表紙へ  次へ