平成26年5月17日(土)  目次へ  前回に戻る

←ブタ人間。彼は冷静な観察者である。

今日はベトナム側の観点から。

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茹福という漁師がおりました。

ある日、海に漁に出たとき、二頭の牛が海岸で闘っているのを目にした。牛たちはしばらく闘うと

躍入水没。

躍りて水に入りて没す。

海中に躍り入って、沈んでしまった。

「不思議な牛だなあ」

と思いながら、

視地上有落毛、取呑之。

地上に落毛の有るを視、取りてこれを呑む。

二頭の牛が闘っていた海岸の地面をよく見てみると、牛のものと思われる毛が落ちていた。茹福はそれを拾い上げ、呑みこんだのである。

すると、からだ中にモコモコと力が湧いてきたようで、ついにこれ以降、

履水如飛、亙数日伏海底不出。

水を履むこと飛ぶが如く、数日に亙(わた)りて海底に伏して出でず。

水面を飛ぶように歩くことができるようになった。また、数日の間、海底に隠れたまま、水面に出て来なくてもいられるようになったのである。

サイボーグ008のような能力を身に着けたのです。

―――そのころ、元が侵攻してきたのである。

数千の船に分乗した元の水軍は瓘寧湾の入口に停泊して、上陸の機会を狙っていた。

越南側ではその大船団に斬り込む決死隊を募ったので、茹福はこれに応募し、

潜身艘底、手鉄錐穴之、三日夜沈艘無計。

身を艘の底に潜め、鉄錐を手にしてこれに穴し、三日夜に艘を沈むこと無計なり。

潜って船の底に至り、鉄の錐で船底に穴を開け、三日三晩のうちに数え切れないほどの船を沈めた。

元軍は大いに驚き、軍船の間に網を拡げて茹福を捕らえたのであった。

船上に引き上げられて、

「おまえひとりでこんなに多くの船を沈められるはずはあるまい。ほかにどれぐらい仲間がいるのか?」

と問われた茹福、答えて曰く、

尚数十百人、匿某港之某処。我導之前、可尽得也。

なお数十百人、某港の某処に匿る。われ、これを前に導けば、ことごとく得べし。

「わしの仲間はまだ数百人も居って、某港のどこそこに隠れているのだ。わしに褒美をくれるなら、わしはおまえたちをそこに案内してやろう。そうすれば一網打尽だ」

元軍は

「このようなやつがあと数百人もいるとは怖ろしい。それを一網打尽にできるなら褒美をたっぷりくれてやるが、逃げられないにしておくぞ」

と、茹福を縛り上げたまま船首に立たせて案内させた。

茹福はとある海峡まで来たとき、

忽挺身跳入水去。

たちまち挺身して跳ねて水に入りて去る。

突然、縛られたまま身を躍らせ、海中に飛び込んだ。

「やや、逃げたか」「あるいは足を滑らせたか」

と兵士ら海面を覗き込むに、

旋聞船尾有声、某在此。

たちどころに船尾に「某ここに在り」と声有るを聞けり。

驚いたことに、もう船尾の方から「わしはここじゃ、ここじゃ」と呼ばわる声を聞いた。

「あ、あそこに」「船の下を潜ったか」

という間に船は傾き始めた。船底に穴を開けられたのである。

「うわあ」「沈むぞ」「ええい、共連れじゃ!」

兵士ら海面に向けて無数の矢を射かけた。

すると、

須臾海大風、波濤洶湧。

須臾にして海に大風ありて、波濤洶湧せり。

突然、海に暴風が吹き荒れ、波が激しくうねりはじめたのであった。

その波の中、

水中千百頭並出、如魚龍乱舞。

水中に千百の頭並び出で、魚龍の乱舞するが如し。

海中から数千・数百の茹福の頭が並び現れ、まるで魚や龍が乱れ泳ぐかのように動き回った。

この嵐の中、狭い海峡部で身動きがとれないまま、おびただしい数の元船が沈められたのである。

生き残った兵士らは、

何海人之神也。

何ぞ海人の神なる。

「なんと海の人の神秘的なことよ!」

と驚き畏れ、ついに逃げ去ってしまったのであった。

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陳朝・仁宗の紹宝七年(1285)、陳興道が元を撃退したときのことだそうです。すごいなあ。阮鼎臣「喝東書異」より。

(韓国のフェリー事故を連想させてマズい?)

 

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