平成26年5月16日(金)  目次へ  前回に戻る

 

なんとか一週間終わった。週末を迎えるとちょっと視野が広がるので、今日は国際問題について触れてみる。

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元の至正庚寅年(1350)、江浙の郷試(地方試験)が行われていたとき、

貢院中驚喧。

貢院中にて驚喧することあり。

試験場において、びっくりして大騒ぎが持ち上がったことがあった。

何が起こったのであろうか。

以為見大蛇。或言見怪獣。莫測所在。

以て大蛇を見ると為す。あるいは言う、怪獣を見たり、と。所在を測るなし。

「大蛇が出たんじゃー」という人もいた。あるいは「怪獣を見たのだー」と言うひともいた。何にしろ、それがどこに行ってしまったのかはだれもわからないのだった。

以前、この試験場のあるところには武器庫があったそうで、

旧在武庫中之大蛇、故賦場以角端為題。

旧(もと)、武庫中の大蛇在り、故に賦場角端を以て題と為す。

その武器庫には以前、大蛇が住み着いていた。そこで、今回、「賦」を作る試験に「『角端』について述べよ」という課題が出ていたのだ。

これに刺激されて、何らかのカイブツが出現してしまったのではないか、というひともあった。

いずれにせよこの年の冬、方國珍の乱が起こり、江浙にも戦火が広がったので、その予兆だったのではないかとウワサされた。

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元・長谷真逸「農田余話」巻上より。戦火の予兆なのであれば、いまごろベトナムにはこの怪獣が現れているかも。いやフィリピンに、あるいは尖閣に現れているのかも。紅い巨大な魔物の姿で。

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ところで、「角端」(かくたん)ってなんだろう?という疑問が残りますよね。(え?残らない。・・・そういうひとはここから先は読まなくていいです。そういう「こだわりのないひと」は羨ましいですよ、ほんと)

昨日名前の出てきました前漢の文人・司馬相如「上林賦」「文選」巻八所収)に珍しいドウブツを並べて「麒麟、角端、・・・」と出てまいります。これに付された唐・李善の注によれば、

角端似狛、角在鼻上、可作弓。

角端は狛の似(ごと)く、角は鼻上に在りて弓と作すべし。

「角端」は大イヌのようであるが、鼻の上に角がある。この角を採って弓に作ることができる。

というイヌ型のドウブツです。

南朝・宋のころ、実際に出現した(らしい)。

メデタイものが出た、というので報告があったので、記録に残っております。(「宋書」符瑞志

角端者、日行万八千里、又暁四夷之語。明君聖主在位、明達方外幽遠之事、則奉書而至。

角端なるものは日に万八千里を行き、また四夷の語に暁(さと)る。明君聖主の位に在りて、明の方外幽遠のことに達するや、すなわち書を奉じて至る。

「角端」というモノは、一日に一万八千里(10,000キロぐらい)移動することができる。また、四方の野蛮人どもの言葉を理解する。(チュウゴクに)道理を知る聖なる君主が現れて位に即き、その賢明さで俗世の外のかすかなことまで理解するようになると、この「角瑞」が君主のところに手紙を咥えてやってくるのだ。

一日に10,000キロ? ケダモノのくせに四方の蛮族の言葉がわかる? 名君が現れると手紙を持ってくる? 

「そんなことあるはずないだろう」

ということの連発です。こんなドウブツいるはずないやー――

―――と思っていたら、南朝宋の時代から800年ぐらいを経て、ほんとに出現した(ような)のでございます。

なんと、チンギス=ハーンの時代であった。

帝至東印度、有一角獣。形如鹿而馬尾、其色香B

帝、東印度に至れるに、一角なる獣有り。形は鹿の如く、馬尾にしてその色は香B

ハーンが侵攻してインド東北部にまで至ったとき、一本の角を持つケモノが出現した。その形はシカのようであり、尻尾はウマの尻尾のようであった。緑色をしていた。

このケモノ、なんと

作人言。

人言を作せり。

人間のことばでしゃべりやがったのだ。

謂侍衛者、曰汝主宜早還。

侍衛者に謂いて曰く、「汝の主、よろしく早還すべし」と。

ハーンの近衛兵の前に現れて、言ったのである。

「おまえたちの主人に伝えるがよい。すみやかに帰還するがよかろう、と」

それだけ語ってすがたを消した。(モンゴル語で話したのでしょうね。)

その報告を受けても、はじめハーンは眉ひとつ動かさなかったが、側にあった宰相・耶律楚材がにじり出て申すには、

此瑞獣也。其名角端、能言四方語。

これ瑞獣なり。その名、角端、よく四方の語を言う。

「おおそれながら、これは縁起のよい瑞獣でございます。古書に「角端」と見えており、世界の四方の言葉を話すことができると申します」

ハーンは反応した。

「ほう・・・、縁起のよい瑞獣、と申すか」

「あい」

「そうか、瑞獣か・・・」

ハーンも、耶律楚材も知っている。当時世界最強を謳われたかれらの軽騎兵団は、策源地であるモンゴル高原を遠く離れており、すでに補給線は伸びに伸びている。どこかで戦線を収拾して戦利を収め帰還せねばならない。しかし機会を選ばなければ、敗北と退却を知らない兵士らは恐惶を来たし、その戦列は乱れて、その機をこれまで征服してきた各種族の残党に狙われる可能性もある。

「そうか・・・。瑞獣が「帰れ」と言っているわけか・・・」

ハーンは理解してくれたようである。楚材は頷き、

「御意」

と答えて自らの席に下がった。

・・・ややあって、ハーンは自らの天幕に主だった部将らを集め、告げて曰く、

「この地平のはてまでもわれらは勝利に勝利を重ねてやってきた。そして、ついに今日、われらの前に勝者の獣、角端が現れ、われらの勝利を宣したのだ。われらは目的を達した。勝利のうちに還ろうではないか!」

ウーラアーーーーーーーーーーー

平原にモンゴル軽騎兵らの雄叫びが聞えた。その日のうちに、全軍は紀律を失わないまま退却を開始した。故郷へ。獄Lけきモンゴル高原へ―――

――――――と、「元史」耶律楚材伝に書いてありました。

それからまた800年ぐらい経ったから、こいつ、そろそろまた出てきておるかも知れませんぞ。

 

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