平成26年5月1日(木)  目次へ  前回に戻る

 

また肝冷斎が行方不明に・・・。しかたないので今日からは関西在住の関西斎が更新や。

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劉敬宣といえば東晋末の名将、智慧も度胸もあって、また後に即位して宋の武帝となる劉裕と親しい関係にあり、大局をみるにもすぐれた政治家でもありましたが、そのひとが、

嘗夜与僚佐宴坐。

嘗て、夜、僚佐と宴坐せり。

ある晩、幕僚たちと宴会していた。

宴たけなわなるころ、突然、

空中有投一隻芒履於座。

空中より一隻の芒履を座に投ずるあり。

上空から一揃いの草履が宴席に落ちてきた。

草履はよりによって

墜敬宣食盤上。

敬宣の食盤の上に墜つ。

主人の敬宣の食べ物を載せる皿の上に落ちたのである。

しかも面妖なることにその草履、

長三尺五寸。

長さ三尺五寸あり。

長さは1メートルぐらいもあった。

それほど巨大な草履であるのに、

已経人著、耳鼻間並欲壊。

すでに人の著を経、耳鼻の間、ならびに壊れんとす。

すでに相当だれかが履いたものらしく、鼻緒のつけねのあたり、左右どちらも壊れかけていた。

いったいどういうひとが履いていたものなのであろうか。

劉敬宣は博学のひとであったが、この草履については黙りこくっているだけで、

頃之而敗。

頃之にして敗せり。

しばらくして、殺されてしまった。

敬宣は劉裕と結んでいたから、二人の間に東晋からの簒奪の画策があるのではないかと怪しんで、彼の幕下にあった東晋の皇族の一人が刺殺したのである。西暦415年のことであった。

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宋・劉敬叔「異苑」巻四より。

みなはんも草履が皿の上に乗ったら気をつけなはれや。

 

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