平成25年10月24日(木)  目次へ  前回に戻る

 

今日はドラフト会議の日でした。来年はどんな若いのが観れるかと思うとワクワクします。しかし・・・

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江西・臨川の東興の地にて、あるひと、

入山得猿子、便将帰。

山に入りて猿の子を得、すなわち将(ひき)いて帰る。

山中に入ったとき、子ザルを捕まえて連れ帰った。

すると、

猿母自後逐至家。

猿母、後より逐いて家に至る。

母ザルが後を追ってきて、ついにその人の家までやってきて、近くの樹に昇って子ザルの方を見ている。

そのひと、それを知って、はじめいたずらのつもりで

縛猿子於庭中樹上、以示之。

猿子を庭中の樹上に縛りて、以てこれに示す。

子ザルを庭の樹上に縛り上げて、わざわざ母ザルに見せつけた。

そして棒で突いたり、打ったりした。

子ザルは泣き喚いた。

其母便搏頬向人、若哀乞、直是口不能言耳。

その母すなわち頬を人に向けて搏(う)ち、哀を乞うがごときも、ただにはこれ口言うあたわざるのみ。

母ザルはその人の方を向いて、自分の頬を何度も叩いた。どうやら憐みを乞うているらしいのだが、サルなので言葉は発することができないようである。

何度も何度も自分で自分の頬を打つ母ザルを見ているうちに、だんだん残忍な気持ちが湧いてまいりました。

「ひひひ。サルごときが親子の情けか・・・。

既不能放。

既に放つ能わざるなり。

こうなってはもう手放すわけにはいかんのう」

そして、にやりと笑いまして、

「こうしたら、どうするのかな?」

棒で、思いきりに子ザルを殴った。何度も何度も殴った。激しく殴った。

竟撃殺之。

ついにこれを撃殺す。

とうとう子ザルを殴り殺してしまった。

「おお、なんだか静かになったと思ったが、もう死んでおったか」

そしてまたにやりと笑って、母ザルを見た。

猿母悲喚、自躑而死。

猿母悲喚し、自ら躑(と)びて死す。

母ザルは子ザルが死んだのを知るとひときわ高く悲しみ叫んで、自ら樹上から飛び降りて、死んだ。

あまりに悲しみが過ぎるとはらわたが断たれると聞くが、このサルはほんとうに悲しかったのかな?」

此人、破腸視之、皆断裂矣。

この人、腸を破りてこれを視るに、みな断裂せり。

その人、母ザルの腹を裂いて中を見てみたところ、そのはらわたはあちこち断裂していた。

「・・・・・・・」

これを見てさすがに粛然たるあり。

「わしはいったいなぜこんなことをしてしまったのか・・・」

と後悔したということだが、

未半年、其人家疫、一時死尽滅門。

いまだ半年ならずして、その人の家疫し、一時に死に尽くして滅門せり。

その後半年も経たないうちにその人の家は疫病に罹り、あっという間に一族死に尽くしてその家は絶えた。

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というように、若いのを連れて来てそのまま腐らせてしまったりしませんように。天網は洩らさず、天道は好還するものでございます。

ちなみにこの悲しいお話は晋・陶淵明の撰と伝わる「捜神後記」より。

このお話は「世説新語」に載る晋の桓温がらみの「断腸」の故事に基づき、ほとんど筋立ては同じなのですが、「世説新語」と比べて登場人物が残虐でイヤになってまいります。同じ伸び悩む若手を揶揄するにしても、マリンズファソと阪神ファソぐらいの違いがあるというか。

明日はそちらのお話をご紹介します(イヤだと言われてもやる)ので、じっくり比較してみてください。

 

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