平成25年10月4日(金)  目次へ  前回に戻る

 

せっかくズル休みしていたのに呼び出されてしまいましたよ。体調悪いしアタマ痛いし足の骨折れているというのに。けしからん。

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疲れて会社から帰る途中、明日明後日はわざわざ「体調悪いんで・・・」とか電話しなくても会社に行かなくていいと思うと段々ゴキゲンになってきまして、

「ええーい、コドモになっちゃえ」(ぼ〜ん)

と童子型に変化しました。

そのまま週末の夜の町を散歩していますと、向こうから琵琶を抱えた歌姫ふうの、なかなかいいオンナが歩いてくるぜ。

(へへへ、お近づきになりてえもんだぜ)

と思いながら、コドモのふりをして

「おねーたま、こんばんは」

とイイコちゃん挨拶をしますと、先方は

「あれ? 肝冷斎? にしてはちょっと違うような・・・」

と色っぽく小首をかしげた。

(お。なんだ、このオンナ、肝冷斎の知り合いかよ。ちょっとからかってみるか)

「うわーん、おいらは慣例斎。肝冷斎ではないのに、間違われてちまいまちたー。個性を否定されたというべきか、ぐちゅん」

と泣き真似をしてみますと、案の定

「ああ、ごめん、ごめん、泣かせちゃって」

オンナは同情的に振る舞ってその柔らかい手でおいらの頭をナデナデ。たもとからいいにおいがちまちゅねー。ふふふ。

「いや、大丈夫でっちゅよ。おいらと肝冷斎はどこでもよく似ているといわれるのでっちゅ。親戚といいまちゅか、元素の類が同じだとよく似た振舞いをするような、アレでちゅよ」

「へー、そうなんだ。・・・泣かせちゃったお詫びに一曲歌って聞かせてあげるよ」

「お。待ってまちた!」

べんべん。

夢後楼台高鎖、    夢後に楼台は高く鎖され、

酒醒簾幕低垂。    酒醒めて簾幕は低く垂る。

去年春恨卻来時、   去年の春恨 卻(かえ)り来たるの時、

落花人独立、      落花に人独り立ち、

微雨燕双飛。      微雨に燕は双(なら)び飛ぶ。

 夢から覚めたときには、もう楼台には昇れなくなっていた。

 酔いも醒めてしまったいま、部屋にはカーテンが低いところにまで垂れ下がっていた。―――

 去年の春の、(二人でいたときの)あの物憂い気持ちがまた思い出されてくる季節になった。

 (けれど)散りゆく花の下に、今はわたしは一人立ちすくみ、

 細やかな雨の中をツバメは二羽、並び飛んでいる。

記得小蘋初見、    記し得たり小蘋に初めて見みえしに

両重心字羅衣。    両つ重ねの心字の羅衣を。

琵琶絃上説相思、  琵琶絃上に相思を説けば、

当時明月在、     当時の明月在りて、

曾照彩雲帰。     かつて照らせる彩雲に帰す。

 覚えているよ、小蘋(妓女の名)と初めて逢ったときのこと、

 薄絹の服と下着の襟の合わさりが二つの「心」という字に見えたあなたの胸元を。

 琵琶の絃を弾いて恋の思いを歌えば、

 空にあるのはあのときと同じ月、

 あのときのように美しいあやぐもの中に隠れていく。

ぱちぱちぱち。

ああ、どこかに連行されてしまった肝冷斎にも聞かせてあげたかったですね。

「これは・・・晏幾道「臨江仙」でちゅね」

「そうだよ、よく知ってるね」

晏幾道は字・叔原、小山と号す。北宋の名臣で詞の名手でもあった晏殊の子である。

ちなみにこの「臨江仙」詞(「かわべにたたずむ仙女さま」の節で歌ううた)は南宋の楊誠斎

可謂好色而不淫矣。

色を好みて淫ならずと謂うべし。

恋愛を謳歌しつつ、淫奔には至ってない、という世界である。

と高く評された一篇である。

この詞については、晏小山自身のあとがきによると、次のような作詞事情があったのだそうだ。

―――晏は若いころ、二人の先輩、沈廉叔と陳君寵と親しかった。沈家と陳家には、小蓮、小鴻、小蘋、小雲という歌姫たちが居って、みな清らかで歌がうまかった。

毎得一解、即以草授諸児、吾三人持酒聴之、為一笑楽。

一解を得るごとに、すなわち草を以て諸児に授け、吾ら三人は酒を持してこれを聴き、一笑楽を為す。

一篇の詞ができるごとに、下書きのままで彼女らに手渡し、われわれ三人はお酒を手にして彼女らの歌唱と演奏を聴いて、楽しんだものであった。

已而君寵疾廃臥家、廉叔下世。昔之狂篇酔句、遂両家歌児酒使倶流転人間。

すでにして君寵は疾廃して家に臥し、廉叔は下世す。むかしの狂篇酔句は、ついに両家の歌児・酒使とともに人間に流転せり。

今となっては、陳君寵は病気で寝込んでしまい、沈廉叔は亡くなってしまった。かつてわれわれが作った狂ったような酔っぱらったような詞句は、両家にいたあの歌姫・酌婦たちとともにどこかの妓楼や富豪の家に流れて去っていってしまったのだ。

そこで、彼女らを懐かしんで作った詞である、という。この中では彼の特段のお気に入りであった小蘋が歌われているのである。

―――と、清・張宗粛「詞林紀事」に書かれている。

本朝「伊勢物語」の

月やあらぬ春やむかしの春ならぬ わがみ一つはもとの身にして

のこころばえである・・・・・・。

「すごいね、慣例斎、そういうのどこで覚えたの?」

「うふふ、下らない知識たくさんありまちゅの」

「そうか、慣例斎もかしこいんだねー」

と、ねーたまはまた頭ナデナデ。うっしっしー。

 

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