平成24年9月28日(金)  目次へ  前回に戻る

 

明日から○○島の予約とってあったのに・・・。台風17号で船が欠航するのでキャンセルです。しかも明日、台風の中、欠航証明書というのをもらってこなければならないらしいのです。一日二往復の船が欠航したかどうか、欠航証明書無いと証明できないのか。世の中難しいのね。・・・と、高校野球も順延? しかも日曜日も? 日曜日は台風一過で好天になるに決まっているのにーーー! オカしい、絶対にオカしい〜!

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北宋の仁宗皇帝のころ、許州に段穀なる者あり。次々に試験に受かって進士にまでなり、また家は豊かで富んでいた。

ところがこのひとが、とつぜんオカしくなったのである。

昼も晩も同じ冠をかぶり、厚手の服の上から白銀の帯を締めて、市街を歩き回るのである。

そして、謳吟して曰く、

一間茅屋、尚自修治。   一間の茅屋もなお自ら修治すべし。

信任風吹、連簷破碎。   まことに風の吹くに任すれば、簷を連ねて破碎せん。

斗栱斜欹、看看倒也。   斗栱も斜めに欹(そばだ)ちて、看す看す倒れん。

倒也、倒也、倒也、倒也・・・・。(「倒也」の二文字、連呼すること三〜五回)

牆壁作散土一堆、     牆壁は散土の一堆と作(な)るも、

主人永不来帰。       主人永く来たり帰らず。

 一間限りのあばら家だとて、自分で棲むなら修理もできるが、

 風に任せて放っておけば、のきばも次々壊れて行くぞ。

 屋根のますがたも斜めに傾き、みるみるうちに倒れるぞ。

 倒れるぞ、倒れるぞ、倒れるぞ、倒れるぞー!

土塀も壁も土くれとなり、

御主人さまはいつまでも帰ってこない。

その姿や歌がよっぽどおもしろかったのでしょう、

遇其出入、則有閭巷小児数十随而和焉。

その出入りに遇うや、すなわち閭巷の小児数十の随いて和するあり。

彼が歩いているのを見かけると、すぐに路地裏のこどもたちが数十人も集まって来て、彼のあとについて練り歩き、一緒に歌を歌うのだった。

こどもたちの人気者だったのでちゅう。

人以狂待之。

人、狂を以って待つ。

おとなたちは「あいつはもうオカしくなってしまったのさ」と相手にしなかった。

しかし、その歌のうたうところ、本当は真剣に考えるべきことだったのではないだろうか。

段穀は慶暦(1041〜1048)の末年に死んだ。

親族はこれを郊外に仮埋葬し、数年経ってから本葬を営むために仮墓を掘り返し、棺を開いた。

但空棺耳。

ただ空棺のみ。

棺の中には何も無かった。

段穀は尸解という方法を用いて、そのまま仙人になってしまったことがわかった。そのときになってひとびとは、はじめて段穀は狂ってはいなかったのではないか、と疑うたということである。

―――この事件、

王允成承制在許州親見之。

王允成承制の許州に在りて親しくこれを見る。

承制官の王允成どのが、

「許州に住んでいたころ、わしが実際にこの目で見たことなのじゃ」

と言うて話してくれたのである。

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宋・張師正「括異録」巻七より。

張師正は大中祥符九年(1016)の生まれですから、本当に同時代のお話である。「実際にこの目で見た」という人に聴いたのですから徹頭徹尾真実であること疑いない。

 

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