平成24年5月17日(木)  目次へ  前回に戻る

 

疲れた。しかし、そのわしに

「何か言え」

とおっしゃるか。

では申し上げましょう。

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万事可忘、難忘者名心一段。千般易淡、未淡者美酒三杯。

万事忘るるべきも、忘れ難きものは名心一段なり。千般淡なること易きも、いまだ淡ならざるものは美酒三杯なり。

どんなことも気にかけないでいられるつもりだが、ただ名折れになりたくないということだけは気にかかる。

たいていのことには淡白でいられるつもりだが、ただ旨酒三杯にだけは今のところ淡白でいられない。

すると、親戚の張竹坡が揶揄して言う。

是聞鷄起舞、酒後耳熱気象。

これ、鷄を聞きては起舞し、酒後に耳熱きの気象なり。

これは、朝っぱらからニワトリの声を聴くなり起きだして踊りはじめ、酒から醒めた真夜中にもまだ耳がかっかと熱いような、熱しやすいひとだなあ。

―――わしは名心も美酒三杯ももう乗り越えたぞよ。

そこへ、王丹麓が言いさした。

―――ほんとうかね。

予性不耐飲、美酒亦易淡。所最難忘者名耳。

予は性として飲に耐えず、美酒もまた淡としやすし。最も忘れ難きところは名のみ。

わしはもともと酒が飲めないので、美酒の方は気にならん。しかし、名折れになりたくない、という気持ちはなかなか克服できぬ。

―――あいや。

と陸雲士が口をはさむ。

惟恐不好名。丹麓此言、具見真処。

これ名を好まざるを恐るるのみ。丹麓のこの言、つぶさに真処を見る。

人間、名折れになってもいいや、と思い出したらおしまいじゃ。丹麓の言うているところがほんとうのところじゃろう。

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清・張潮「幽夢影」巻下(及び同書評語)より。

わしは名も棄てた。疲れたのだ。(今週はもう四日も働いたから。)

 

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