平成24年4月1日(日)  目次へ  前回に戻る

 

え? もう明日はゲツヨウ・・・。

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清の時代。蘇州呉県の某という富豪が墓地とするべく、風水師に占ってもらって、とある土地を買いとった。

富豪は先祖伝来の墓をここに遷すため、墓穴を掘り、参道に代々の事績と当代の主人の見識などを彫り付けた石碑を建てることにした。

これらはすべてこの地の某という孝廉(漢代においては地方より人材を推薦させるときの科名の一。孝行にして廉潔なる人。清代には「孝廉方正」という名で復活し、総督らの推薦によって六品官の資格を与えられた。とりあえずは資格だけですが、55歳を過ぎると県の知事などに任官する道が開かれていた)の世話によったものである。

さて、この孝廉、数日後に新しく墓穴を掘ることになっていたある晩、

夢古衣冠者数人、長揖而言。曰、公貴人也、将来福禄無涯。惟我輩枯骨、全仗公成全。幸勿放棄、当有以報大徳也。

古き衣冠者数人の長揖して言うを夢む。曰く、「公は貴人なり、将来の福禄涯て無し。これ、我が輩は枯骨のみ、すべて公の成全に仗(よ)る。幸いに放棄するなければ、まさに以て大徳に報じるあるべきなり」と。

夢の中に、昔の服を着た数人のひとが、ながながと両手を胸の前で組んで挨拶した上で、口を開いたのであった。

「あなたさまは貴い方で

ございます。今後、どれほどの幸福を授かるのか、わたしどもにはわからぬほどです。

一方、わたしどもは、ただのからからのガイコツでございます。あなたさまが助けてやろう思われれば何とか助かることもできましょう。どうぞ棄て去ってしまわないでください。そうすれば、その御厚志に御報いすることもできましょう」

と懇願するのである。

目覚めて、その話を友人たちにし、

「今度、富豪の墓にしようという土地には昔の人が何人か埋まっているのかも知れんな」

と言って笑っていた。

さて、数日後、

至期開土、果獲枯骸。

期に至りて土を開くに、果たして枯骸を獲たり。

予定の日に土地を掘り返してみると・・・。出ました。からからになった骸骨がたくさん出てきたのです。

「ほとけさんが出ましたのう。ずいぶん古いほとけさんがたじゃ」

と墓堀人夫たちはそれを丁重に掘り出して、木箱に入れて置いた。

孝廉の友人たちは笑いながら、

「これは君が夢に見たという人たちではないのか?」

と木箱を指し示したが、孝廉は木箱を足先で小突き、                        

「ははは。何度もこんなしごとを請け負っているのだ、骨が出て当たり前だろう」

と意に介さなかった。

某孝廉は木箱をしばらく預かって土地を売った者が受け取るのを待っていたらしいが、土地の売却者には心あたりの先祖も無いとのことであり、

「こんなものをいつまでも置いておくわけにもいかんし、「徳に報いる」と言っていたくせに特別なこともないからな。まあせっかくだから景色のいいところにしてやろう・・・」

と、

棄擲太湖中。

太湖中に棄て擲つ。

蘇州城外の太湖の中に投げ捨ててしまった。

ということである。

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「履園叢話」二十二より。

ああ、強い。このひとは強いひとだ。うらやましい。わしのような弱い心の者とは違うのだ。わしはダメだ、ダメなのだ。

―――という気になってきませんか? わたしはなりますね。

ちなみに、後日談があって、

未幾孝廉竟発狂疾、月余而死。

いまだいくばくならずして、孝廉ついに狂疾を発し、月余にして死す。

その後聞いたところでは、それからすぐに某孝廉は発狂してしまい、ひと月余り後には死んでしまったということだ。

これも強い心のなせるわざでしょう。強い心が社会と正面から戦いあってとうとう狂ってしまったではないのか。これに対し、わしはダメだ、不満を抱きながらも反論することもできずウツウツが溜まって行くばかりで、狂うことさえできぬのだ。―――ということで、ウツウツ発症してきたのでしばらく更新休みます。・・・と思いますよ。しごともまた・・・。

 

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