平成23年11月25日(金)  目次へ  前回に戻る

 

少しだけ感情が戻ってきた。

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冬はまことに北斗が美しい。

明ひと陸燦によれば江蘇・常熟の銭氏は地域に大きな影響力を持っている「大族」で、一族の住居は何軒もの家が集まった(団地状の)「連房」という形式のものであった。

正徳丙寅年(1506)、この「連房」で火事があった。

火は次々と燃え移り、何十軒という「房」を焼いて、三日三晩燃え続けて、ようやく鎮まった。火の広がりが遅かったこともあって、家と財産は焼かれたが、一族の者たちはほとんど避難してつつがなかった。ただ、焼け落ちた一角に「小四房」と呼ばれる小さな二階建ての家があって、ここの住民だけは避難できなかったらしく行方知れずとなっていた。この「小四房」は、夫を亡くした老婦人で、直接扶養する子や孫の無い者が一族の共同財産から扶助を受けて暮らすことになっている家で、この火事のときには老女二人が共同生活をしていたのである。

ところが、すべてが燃え落ちた中に、この小さな建物だけが一軒だけ燃え残っていたのである。

そして、老婆二人は、ともにこの焼け残った建物の中にいて、無事であった。

あさまたち、ご無事であったか」

三日の間、火と煙に取り巻かれていた二人の老婆が一族の者たちの手で室内から救い出され、酒を浸み込ませた綿を口にあてがわれた。

ようやく人心地を取り戻した老婆たちに粥を進めながら一族の者たちが

「それにしてもようぞばあさまたちの家は燃え残ったものよ」

と不思議がると、老婆たちは

「それがことじゃ」

と異口同音に答えて曰く――

方火熾時、煙焔四逼、二人窘怖無措。

まさに火の熾(さか)なるとき、煙・焔四もより逼り、二人窘怖(きんふ)して措(お)く無し

火の勢いがさかんになって、煙と炎が四方から迫ってきたときは、わしら二人は苦しみ恐れて、何もできなかったのじゃ。

もう火が「小四房」にも燃え移る、と覚悟したとき、

須臾、見朱衣者七人立檐下。

須臾、朱衣者七人の檐(えん)下に立つ見る。

突然、どこからともなく現れた朱色の服を着た七人のひとが、ひさしの下に立っているのが見えた。

彼らは

挙袖靡之、火応手而散。

袖を挙げてこれを靡かするに、火、手に応じて散ず。

袖をあげてひらひらさせた。すると、火はその手の動きに応じて離れ去ったのじゃ。

七人はすぐに見えなくなった。

・・・わしらは七人を伏して拝んだ。

・・・で、気づいたときには、まわりの家はすべて焼け落ちて、火はおさまっていた、というわけじゃ。

この言葉に族人らみな感じるところがあった。

何故なら銭氏は、一族あげて北斗七星を信仰していたからである。

早速、焼け残った地域にある一族の廟の七星像を拝みに行くと、廟のあたりは火の影響はまったくなかったはずなのに、七星の像にはすべて焼け焦げたあとがあった。

―――という。

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ほんとかどうか知りませんよ。でも、寒くなってきましたので、火には気をつけましょうね。「庚已編」巻十より。

 

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