平成23年9月27日(火)  目次へ  前回に戻る

 

今日も夜のしごとは若いモノに任せて帰宅してしまう。朝のしごとはさぼるよー。

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昨日のひとの詩の続きです。昨日の四行に続けて、

胸中懐湯火、  胸中には湯火をいだき、

変化故相招。  変化はもとより相招く。

万事無窮極、  万事に窮極無く、

知謀苦不饒。  知謀は饒(ゆた)かならざるを苦しめり。

 胸の中には熱湯とか火炎のような熱いものがあって、

 そのせいでどんどんわしは変化し衰えさせられていくのだ。

 どんなことにも窮極というのは無い(ので変化はしかたない)のだが、

 わしの智慧があんまり大したことないので先まで見通せないのだ。 

但恐須臾間、  ただ恐るは須臾の間に

魂気随風飄。  魂気の風に随いて飄(ひるが)えらんことを。

終身履薄氷、  身を終うるまで薄氷を履み、

誰知我心焦。  誰か知らん、我が心の焦がるるを。

もしかしたらあっという間に、

たましいが風にのって飛び去ってしまうかも知れないね。

わしは一生、薄い氷の上を歩くような生活じゃ。

びくびくしてわしの心が焼けつきそうなのを、誰も知らない。

魏末晋初の大貴族であられた阮籍さま、すなわち阮嗣宗さま、すなわち竹林七賢の一人でその指導的人物であったところの方の「詠懐詩」(思いをよめるの詩)である。「詠懐詩」はすべてで八十二篇あるが、これはその第三十三である。

「薄氷を履む」は「詩」小雅・小旻の

戦戦兢兢、  戦戦兢兢として、

如臨深淵、  深き淵に臨むがごとく、

如履薄氷。  薄き氷を履むがごとし。

 おののきびびりますこと、

 深い淵を崖の上からのぞきこむようであり、

 うすい氷の張った水上を、そうっとそうっと踏みしめていくようである。

に基づく。

ついでに言いますと、「尚書」君牙篇では同じようなびびりの状況を

踏虎尾、渉于春冰。

虎の尾を踏み、春の氷を渉(わた)る。

うひゃー! 寝ているトラのしっぽ、踏んじゃったよー! 

河を渡ろうとしたら、春になって氷が薄くなっていた。ぴきぴきいうよー!

と表現しています。ので、「春氷を渉る」という言葉もセットで覚えておきましょう。

さて、阮籍さまは大貴族であられるが、といいますかそうであられるがゆえに、曹氏(魏王朝)につくか、司馬氏につくか、注目され、少しでもどちらかにどうにかしたりしなかったりしたら消されてしまう(竹林の七賢は半数ぐらいは消されてますからな)という時代、かなりびびって暮らしていたのです。

この「詠懐詩」は韜晦と典故の多様とでたいへんわかりにくい詩集だといわれていますが、上記の第三十三はわかりやすい。

また、この詩集には「鳥」に関する比喩が多いのです。

●鴻鵠相随飛、飛飛適荒裔。  鴻鵠(こうこく)あい随いて飛び、飛び飛びて荒裔に適(ゆ)く。

 巨大な鳥が仲良ういっしょに飛んでいく、飛んで飛んではるかな辺境までいくのじゃなあ・・・。(第四十三)

●黄鳥東南飛、寄言謝友生。  黄鳥は東南に飛びゆく、言を寄せて友生に謝(つ)げん。

 黄色い鳥(こうらいうぐいす)は東南に飛んでいくわい。あちらの方にいるともどちに、わしのあいさつを届けてくれんかのう。(第三十)

●寧与燕雀翔、不随黄鵠飛。  むしろ燕雀とともに翔くるも、黄鵠に随うて飛ばざらん。

 ツバメやスズメといっしょに飛んでいる方がよいわ。あの黄色い巨大な鳥とともにはるかな大海まで飛ぶのはやめておこう。(第八)

●雲間有玄鶴、抗志揚哀声。  雲間に玄鶴あり、志に抗いて哀声を揚ぐ。

 雲間には青黒い鶴が見えるじゃろう。志どおりにいかなくて、哀れな声で鳴いている。(第二十一)

などなどなど。

これらの鳥の寓意はなんとなくわかるのですが、実はもっと具体的なひととか事件を指しているらしい。後世の史家(唐・李善「文選注」)がいう。

嗣宗身仕乱朝、恐罹謗遇禍。因玆発詠、毎有憂生之嗟。雖志在刺譏、而文多隠避、百代下難以情測。

嗣宗、身は乱朝に仕え、謗りに罹り禍いに遇うを恐る。これによりて詠を発するに、つねに生を憂うの嗟(なげ)きあり。志は刺譏にありといえども、文多く隠避し、百代の下、情を以て測りがたし。

阮嗣宗は、乱世の朝廷に仕えて、誹謗されてワナにかけられるのをたいへん恐れていた。このため、詩をつくるにあたって、いつもいつも生きるのがイヤだ、という歎きを主とし、その中で当時の人物や風潮を風刺しているのだが、その文字はぼかしたり言わなかったりすることがやたら多いので、何百年も経った今となっては、何が言いたかったのかよくわからないのである。

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肝冷斎の文章も文多く隠避しているので、同時代のひとにさえ、何が言いたいのかわからないであろう。

 

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