平成22年12月24日(金)  目次へ  前回に戻る

よっしゃ、週末!

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唐の盧賛善は、数年前に陶磁でできた少女の人形を贈られた。特に気に入ったというわけでもないのだが、何気なく寝室のベッドの傍らに置いていた。もらったときには差出人を確認したはずだが、いつの間にか誰からもらったかも忘れてしまっている。おおかたどこかの地方の知事あたりからの届け物であろう。

人形は一尺ほどの高さのものであったが、それを常日頃見ていると不思議な感じを覚える。何年か前に比べて髪の毛が長くなったような気がしてならぬ。背の丈ももう少し低く――自分の膝ほどの高さだったような気がするのだが・・・。また、少し愁いを含んだ切れ長の眼も、もう少し伏せ眼がちだったように思う。こんなにしっとりと流し目でひとを見ていただろうか・・・。どういえばいいのだろう、数年前には少女の人形だったはずなのに、いまは成熟しつつある女の姿のそれなのだ。

その流し目の艶っぽさに、盧の妻がベッドの中で、たわむれに言うたことがあった。

与君為妾。

君と妾たらん。

あなたの愛人のようね、この子。

その時、人形の目が一瞬だけ鋭く、恨みを含んで光った―――ように見えたのは盧の目の錯覚であったか。

盧はこのころから心を病むようになった。あるとき、心塞いだままぼんやりとベッドに横たわろうとすると、

見一婦人臥於帳中。

一婦人の帳中に臥するを見る。

カーテンの向こうに、おんなが一人、ベッドに寝ているのが見えた。

「あう?」

カーテンを開いてみると、誰も動かしたはずはないのに、例の人形がベッドに横たわっていたのだった。

盧は気味悪くなって妻にそのことを告げた。妻は人形を撫でながら、

積久意是瓷人為祟。

積久の意、瓷人の祟を為すなり。

長い間思っていたのですけど、このお人形が何かよくないしわざをしているのかも知れないわね。

と言うて、

送往寺中供養。

寺中に送往して供養せり。

知り合いのお寺に送って供養してもらうことにした。

―――それからしばらくして、お寺の小僧さん(「童人」)が、朝早くお寺の中を掃除していたところ、

見一婦人。

一婦人を見る。

おんなのひとが一人、境内を歩いているのを見かけた。

問其由来。

その由来を問う。

「おねえたま、こんなに朝早く、どこからお見えになったのでちゅか?」

と訊ねると、おんなは答えた。

是盧賛善妾、為大婦所妬、送来在此。

これ盧賛善の妾なり、大婦の妬むところと為り、送られ来たりてここにあり。

「わらわは盧賛善さまの思われびとだったのじゃが、おくさま(正妻)にやきもちやかれてここに送られてきたのだよ」

「そうでちゅかあ」

しばらくして、盧家の使いがお寺に来たとき、小僧はそのことを告げた。

「かわいちょうでちゅよ。おくさまに許ちてあげてと言ってくだちゃい」

「そ、そうか・・・」

盧家の使いは帰宅してそのことを主人夫妻に告げた。小僧の言うその女の髪型や服装は確かにあの陶磁の人形そのままである。

「あなた、これは―――」

妻が憂わしげに視線を向けるより早く、頬蒼ざめた盧賛善はただちに馬を牽かせて寺に駆けつけ、本堂で供養されていた人形を持ってこさせると、それと視線を合わせぬように目をそむけながら

撃砕。

撃ち砕けり。

人形を叩き壊してしまった。

と―――

心頭有血、大如鶏子。

心頭に血あり、大いさ鶏子の如し。

胸の、心臓のあるところに赤黒い、にわとりのタマゴほどの大きさの血塊があった。

血塊は人形の中から転がり落ちて地面に落ちると、くしゃりと破れ弾けたが、そこにはしばらく生臭い気が漂ったという。

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おまえたちも、ひとの形をしたモノに、心あるものにするような言葉をかけるではないぞ。たとえ週末で心がウハウハだったとしても。戴君孚「廣異記」より。

 

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