平成22年12月1日(水)  目次へ  前回に戻る

やはりもうだめだ。しかし、月のはじめであるのでガマンして更新します。なお、とうとう作成中に突然電源が落ちるようになってきた。広義の言論弾圧ともいうべき状況になってまいりました。

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さて、嘉慶八年(1803)のこと、浙江の海辺にある顧浦地方のとある民家で、家の裏から用水を引くため穴を掘っていた。

と、地中から、

得二犬、雌雄各一。

二犬、雌雄おのおの一を得たり。

二匹のイヌが出てきたのであった。オスとメス、ひとつがいである。

「なんでこんなものが地中から出てくるのだ?」

と疑問に思いましたが、ふつうのイヌです。

くうん、くうん、と家人の足元になついてまいります。

「とりあえずこれに入れておこう」

置之甕中。

これを甕中に置く。

二匹をカメの中に入れておいた。

口の方の狭まったカメなので、逃げ出すことはできないはず。

「とりあえず作業の方をかたづけてしまおう」

と穴掘りを続けているうち、ふと気づきますと、

失所在。

所在を失えり。

いつのまにか、二匹のイヌはいなくなってしまっていた。

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「実に不思議なこととは思わぬか」

と友人の鄭某がいうのだが、わしには何の不思議もない。

「これこれ、おぬし、モノを知らぬにもほどがあるぞ。

まずは「晋書」を開いてみるがよい。

―――元康年間(291〜299)に婁県の懐瑶というひとの家で、

聞地中有犬声。

地中に犬の声あるを聞く。

地面の下からイヌの声が聞こえた。

そこで、

掘之得犬子。大于常犬、哺之能食。

これを掘りて犬子を得たり。常犬より大にして、これに哺(く)らわすによく食す。

地面を掘ってみたらイヌの、まだ子犬と思われるものが出てきた。普通の子犬よりは大きかった。

「何を食うのであろうか」

と疑いつつ普通のイヌのえさを与えてみるとふつうに食った。

正体がわからぬので、

還置穴中、覆以磨石、越宿失所在。

また穴中に置き、覆うに磨石を以てするに、越宿にして所在を失う。

掘り出した穴の中に戻して、上に磨いた石を置いて蓋をしておいた。しばらく中で鳴き声が聴こえたが、二晩すると聴こえなくなり、蓋をあけてみるとどこに行ったものか姿が見えなくなっていた。

―――というのである。これと同じものでなくてなんであろうか」

「ほう」

鄭は感心したように頷いたので、わしは気をよくして、

「先秦の「尸子」(※)という書には

地中有犬名地狼。

地中に犬あり、名づけて「地狼」という。

大地の中にイヌをれり。その名を「地狼」といふなり。

「尸子」(しし)は秦の食客であった雑家の尸佼(し・きょう)というひとの著といい、漢書・芸文志によれば二十篇あったとのこと。宋代には散逸し、現在見られるもの(清代も)は清の時代、汪継培というひとが諸書から編纂し直したものである。

と記されており、「夏鼎志」(※※)という書には

掘地得狗名賈。

地を掘りて狗を得、「賈」と名づく。

大地を掘っていてイヌが出てきたならば、それは「賈」(カ)というモノなり。

※※すいません、こちらはどんな書物か不明。按ずるに超古代の「夏」の時代の「鼎」に関する記録というのであろうか。

とある。

蓋前古已有之矣。

けだし前古すでにこれ有るなり。

つまり、古代よりずっとあるものなので、珍しくもなんともなく・・・」

「わかった、わかった、もういい」

鄭はわしの話をさえぎって苦笑いした。どういうことだ。なんで教えてやっているのに苦笑などしているのであろう。けしからんのう。

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「在園叢話」第十四より。

すばらしい。みなさんももっとがんばって、かようなチシキ人とならねばなりませんぞ。わしはもうだめなので、わしのカバネを越えて行ってくだされい。

 

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